ローボール・テクニックとは何か?
ローボール・テクニックとは商談を行うときに最初に相手が買いたいとおもう有利なメリットを提示し、契約が完了するまでの間に提示したメリットの一部を取り除く方法です。
単にローボールとも呼ばれることもあります。
日本語で「承諾先取り法」と呼びます。その名の通り、相手に有利な条件をでっちあげてとりあえず承諾だけ取るのでこのような名前になっています。
ローボール・テクニックで働く心理作用
相手は最初は有利なメリットに飛びついて買う気になっていますが、一旦、買う意思を示したことで自分の中で他にも買う理由を見つけ出します。
このため、最終的な購入に至る直前には提示された有利なメリット以外にもそれを買う理由がある状態になります。
その状態で販売者側が最初に提示していた有利なメリットを取り除いたとしても、既に買うための他の理由があるのでそのまま買ってしまいます。
一番最初からメリットを含まない条件を提示したところで相手は飛びつきませんが、最初にメリットを提示して飛びつかせてから、そのメリットを取り外しても相手は購入に至るという手法です。
ローボールの意味や由来とは?
日本語の「承諾先取り法」という言葉であれば何をやっているかが想像しやすいですが、英語のローボール・テクニックはなぜそのような名前なのか想像しにくいかもしれません。
ローボール(Low Ball)は低い球という意味です。低い球という名前が付いている理由は2つあります。
受け取りやすい球
ローボールの逆はハイボール(High Ball)で高い球という意味です。背伸びしたり、ジャンプしないと届きません。つまり、受け取りにくいと言う意味です。
一方、ローボールは低く投げられた球なので容易にキャッチすることができます。
魅力的だと思える価格設定や値引き額は手の届きやすいものです。このためローボールと言われています。
気づかないうちに取り除く行為
もう一つの意味は相手が気づかないような低い球を放って、最初の条件を取り除くことを示しています。
まずお客さんが買いたい商品があるとします。そこに高額な値引きやオプションの無料追加といった「魅力的なメリット」を提示すると、お客さんの購入意欲はそのメリットによって下支えされます。
一度購入を決心すると、お客さんはその商品を買う理由を自分で他にも見つけます。商品購入前にはすでに色々な理由で下支えされた状態です。
この状態でローボールを放って最初に提示した魅力的なメリットを取り除きます。メリットが取り除かれたあとも、購買意欲は他の理由によって支えられているのでお客さんは購入に至ります。
このローボールを放って最初に提示した魅力的なメリットを取り除く行為自体をローボールといいます。
ローボールテクニックの実例
ローボールのテクニックは次のようなものになります。
あなたは夏の間に快適に過ごせる別荘地を買いたいと思いました。魅力的な土地を求めて長野の不動産屋を回りました。
そこである販売員がとても魅力的な話を持ってきました。「今ならこの土地を10%オフでお買い求めいただくことができます。ただし今回の商談に限ってのオファーです。次回以降は適用致しかねます。」
土地の価格が1000万円だったので、100万円引きということになります。これはかなりお得です。うかうかしてたら他の人に持っていかれるかもしれません。
あなたは勢いよくローボールに飛びつきました。
あなたが商談に飛びついたことをしかと見計らって、販売員はこの土地の魅力を説明し始めます。
地盤がしっかりしているので地震にも強い。裏山や崖がないので土砂崩れの心配もない。大通りに出るまで1本道を挟んでいるので、静かなのに利便性がいい。
そして、あなたに「ここにどういった建物を建てて、どういった暮らしをする予定ですか?」と訊ねます。
あなたはイメージを膨らまして答えます。「木でできた家で、薪ストーブがあるうちなんだ。夏は自然の香りを満喫できるし、冬でもとても暖かい。」「大きな窓をつくる。そうだな窓の向きはあの山が見えるように大きく開放的なものをつけるんだ」「庭ではガーデニングができるように畑を作って、そこで野菜を育てて家族で食べるんだ」
想像は楽しいものです。語っているうちにとてもワクワクしてきました。
もはやあなたの中にはこの土地を買う理由がたくさんあります。
さていよいよ契約を成立させようとしたところで「何かがおこります」。
販売員の元に上司から電話がかかってきました「あの土地なんだが他に購入したいというお客さんがでてきて10%オフの値段で買うと決めたよ」という内容です。
あなたは動揺します。
販売員は更に続けて説明しました「ただそのお客さんは10%オフの値段以上は出す余力はないとのことで、もしあなたが割引のない正規価格で購入していただけるのなら、あなたと契約します」
販売員はさらに続けます。「割引がなくなったといっても。この土地の価格は相場同等で、決してそんな取引ではありませんよ」
あなたはこう思います「確か、適正価格で買えるならいいか。それにこの土地は災害にも強く、私の思い描くイメージにもぴったりだ」と。
そして購入に至ります。
あなたは欲しかった土地を手に入れることができました。大変満足な結果です。
何が起こったのか?
とても満足のいく取引だったように見えます。ですが、最初と最後の結果から見ると何が起こったのかがとてもわかりやすくなります。
最終的にあなたが買ったのは「土地を一般的な相場の価格で購入した」ということです。さらに、最初に提示された「10%(つまり100万円)の値引きはなかった」ということです。
裏側でおこっていること
ローボール・テクニックのポイントは商談を成立する直前に「何か不測の事態が起こる」ことです。
何が起こるかには様々なバリエーションがあります。例えば次のようなものです。
とにかく相手がすぐに飛びつきたくなる心を揺さぶるメリットであればなんでもいいのです。
巧妙な取り除き方
魅力的なメリットを取り除く方法はいくつもあります。
上司に電話して怒られる
上司に電話したときに「そんな値段で売れるわけないだろう!」と一喝されるという流れです。
計算ミスが見つかる
見積もりの計算をしていたときに計算ミスが発覚します。計算ミスは経理担当に指摘させたり、より巧妙にする場合には銀行などの他の機関に指摘させたりします。(あるいは第三者機関から指摘があったようにみせる)
品切れになってしまったことに気付く
追加することになっていた数量限定のオプションや、購入特典としてもらえるはずだったプレゼントが少し前に最後の一個が出払ってしまい、渡すことが不可能になります。
お客に罪の意識と幸福感を与える
ローボール・テクニックのすごいところは購入するお客さんが「騙された」「損した」と思わないことです。
むしろ取引に満足したり、販売員に申し訳ないという気持ちになったりもします。
取引に満足する
最初はローボールに飛びついて購入を決意しましたが、その後の話の中でその商品を使う姿を想像し、イメージを掻き立て、既に買う理由がたくさん出そろっています。
最初に提示されたメリットがなくなったとしても、購入した人は「自分の欲しいものが買えた」と思うようになります。
また、メリットが無くなった状態で無理やり押し付けられたのではなく「自ら買うことを選択した」という点もポイントです。
人の性質には一貫性の原理というものがあり、自分が決めたり公表した言動を肯定しようとする特徴があります。
更に最終的に提示された価格が相場相応の適正な価格であれば、購入する側としては特に大きな問題にはならないからです。
こうして、購入した人は満足感やときに幸福感すら覚えます。
販売員に申し訳ないと思う
さらには「販売員に申し訳ない」とさえ思います。
というのも、最初に提示された値段が適正価格からあまりにも値下げされたものだった場合、飛びついた人は「これは大儲けだラッキー」という感情を抱くからです。
相手の提示した額が相場より明らかに安いと理解して儲けてやろうと言う心理が働きます。
それが、後ほど販売員が上司から「そんな価格で売れるわけないだろう!」と怒られると、それを目の当たりにしたお客さん自身も「儲けようとしていた私も悪い」と罪の意識を感じるようになります。
怒られてしょぼくれた(ふりをしている)販売員に「すみません」と言われれば「いやいや、そんないいですよ」と答えます。
ローボール・テクニックを防ぐために
ローボール・テクニックは超強力なマーケティング手法です。このため、自分がその対象になったときはそこから逃げるのは回避方法を知らないと難しいものがあります。
そもそも商談の最後の方で発生する何かは、意図的に発生したものではないかもしれません。本当に偶然発覚したりものである可能性もあります。
相手の販売員は本当に心から申し訳ないと思い誤っているかもしれません。
相手の販売員が「私のミスなので上司と掛け合ってきます」と言って、事務所に入っていき、あなたのために上司と徹底的に話し合いなんとかしよう試みて、そして30分後にくたくたになって戻ってきて「すみません」と伝えたのかもしれません。
もしかすると、相手の販売員が「私のミスなので上司と掛け合ってきます」と言って、事務所に入っていき、自分のデスクに座って、タバコを吸ってジュースの飲み、仮眠した後に30分経った頃を見計らって「さてと」と言ってネクタイを少し緩め、髪をかきあげて疲れた顔であなたの元に戻ってきて「すみません」と伝えたかもしれません。
あなたに真実を知る術はありません。
そんなときに役立つのは「ゼロベース思考」です。「もしまだこの商談をしていなくて、新たにこの価格で商品を買わないかと言われたら、買うか?」と自分に問いかけてみることです。
相手がローボール・テクニックを使おうが、上手な演技をしようが、それらを何一つやらなかろうが、最終的な商品とその値段は同じです。
感情的になってしまうと必要でないものを買ってしまったり、必要なものを買いそびれたりします。
それを踏まえたうえで、買うに値するかを考え「値する」と思えば購入すればいいですし。「うーん微妙」と感じたら「いりません」と言うことが大切です。
参考
この記事の内容はアメリカの有名な心理学者 ロバート・チャルディーニの「影響力の武器」の内容の一部抜粋と要約です。
現代のマーケティングで使われている手法が心理学の面から解き明かされ、たくさんの事例を交えてわかりやすい文章で記されています。
この本の内容を細かく知っているかどうかで、現代の市場に隠されているたくさんのワナにハマりカモになるのか、それを避けて利用する側に回れるのかが大きく分かれます。
気になった方は是非手に取って読んでみることをお勧めします。