私たちは「無料」という言葉が大好きです。欲しいけど買うかどうか迷っていたものが、無料になればすぐさま手に入れようとします。
さほど欲しくなくても無料になった時点で、なんとしてでも欲しいと思います。
このように、私たちのほとんどが無料という言葉の力を知っていますが、それでもほとんどの人が無料の力を甘く見ています。
ここでは「無料」という言葉が私たちにとってどれぐらい強力か、そして世の中にはびこる無料を使ったワナについて解説しています。
無料の力
スーパー
スーパーに食料品を買い物にいくときはだいたい買うものが決まっています。あなたは日常的にお餅を食べる人ではないとします。
もし、レジの横にお餅が並んでいて「本日限り無料!ご自由にお取りください」と書いてあったらどうするでしょうか?
この場合「ラッキー」と思ってとりあえずカゴに入れる人が大半です。
カルディのコーヒー
カルディのような輸入食品店に行ったときに、対して喉が渇いてないし、コーヒーが飲みたい気分でもないけれど、タダでコーヒーがもらえるとなればほとんどの人が貰います。
カルディが自分の目的地から少し離れていたとしても、とりあえずコーヒーを貰いに行く人もたくさんいます。
奢ってくれる人
あなたは全然タイプと思っていない異性がいたとします。もしその人が「美味しい食事奢るからレストランに行こうよ」と言ってくれば、ほとんどの人がOKを出します。
このように「無料」には相手が欲しいと思っていないものを、欲しいと思わせて手に入れさせる力があります。
欲しくないモノを買わせる
「無料」の力は欲しいと思っていないものを所有させるだけではありません。
欲しいと思っているものを、欲しいと思っていないものに交換する力も持っています。
スポーツ用ソックス
あなたはスポーツを始めて靴下のかかととつま先が破れることに悩んでいるとします。
今日はスポーツショップにかかととつま先が補強された靴下を買いにきました。
ショップの中を見て回っているとワゴンの中に自分にぴったりのサイズの靴下が置いてありました。補強のない普通の靴下です。
なかなか魅力的な値段で、その横には「1足買うと、もう1足無料」と書いてあります。
あなたが店から出てきたとき、手に握られていたのはスポーツ専用の補強された靴下ではなく、2セットの普通の靴下でした。
あなたは次のように自分に言い聞かせています「スポーツ用の靴下である必要はないじゃないか。破れたら、それを捨ててもう1足を使えばいいんだ。そっちの方がお得だろう」、「それに普段履きにも使える」と。
型落ちのミュージックプレーヤー
あたなは電気ショップに最新のミュージックプレーヤーを買いに行きました。最新のものは音質や操作性に優れています。
並んでいる商品を見ていると、少しデザインが古い型落ちしたミュージックプレーヤーが置いてあります。それ自体は無料ではありませんが、半額に割り引かれています。
さらにその横にこう書いてあります「今なら10000曲から自由に聞ける〇〇Music Storeの半年間無料で聞き放題つき」と。
あなたが店から出てきたとき、手には型落ちしたミュージックプレーヤーが握られていました。
無料がどのくらい判断を鈍らせるか?
「無料」という言葉がどれぐらい人の判断力を鈍らせるかについて、アメリカの著名な行動経済学者 ダン・アリエリーは次のような実験を行いました。
大学内で高価なトリュフチョコレートと安いチョコレートの値段を変えて販売し、売れ行きを調査する。手に入れられるのはお1人様1つまで。
高価なトリュフチョコレートは元値が30円(セントを円に置き換えています)。安いチョコレートは2円です。
半額にした場合
お買い得にするために2つの価格を半額にして売り出しました。高価なトリュフチョコレートの値段を15円。安いチョコレートを1円に設定しました。
結果はよりお買い得なトリュフチョコレートが3倍以上売れました。ほとんどタダに近い1円だからといって人は買おうとはしませんでした。
チョコレート | 売れ行き |
---|---|
トリュフチョコレート | 73% |
安いチョコレート | 27% |
タダにした場合
次に、上記の値段からそれぞれ1円引いた値段を設定しました。トリュフチョコレートは14円、安いチョコレートは0円(無料)です。
すると売れ行きは一気に逆転し、安いチョコレートの方が2倍以上売れるようになりました。
チョコレート | 売れ行き |
---|---|
トリュフチョコレート | 31% |
安いチョコレート | 69% |
合理的に判断すれば、得なのはトリュフチョコレートです。16円得したことになります。一方、安いチョコレートは2円得しただけです。
ですが「無料」という言葉がある時点で人は思考停止して、とりあえずそれを選ぶようになります。
あなたの判断力はどのくらい?
これを読んでいる人の中には「無料に飛びついてしまうのは頭が弱いからだ」「私ならそんな判断はしない」と思う人もいるかもしれません。
では、次の2つのパターンでAmazonのギフト券がもらえる場合、あなたはどちらを選択するでしょうか?
この選択肢を見るとほとんどの人がAを選びます。なぜなら1000円が無料で手に入るからです。
ですが、実際にどれだけ得をしているかを計算してみると、Aの1000円に対して、Bは1300円得することになります。
「無料」と「賢い選択」は全く別物です。
いったん立ち止まり考えればわかりますが、直感的に行動すると私たちの脳は間違うということです。
なぜ「無料」に力があるのか?
なぜ無料にはこれほどまでに強い力があるのかというと、それは私たちの恐怖心と関係があります。
私たちは何かを得る喜び以上に、失う痛みを強く感じる生き物です。このため失うことに恐怖を抱きそれを避けようとします。(心理学用語で「損失回避」といいます)
このため、価格が0円と1円の場合、差はたったの1円だけですが、心理的には価格以上の差が生まれます。
1円であろうが出費しなければいけないのは痛いのです。ですが、無料は何の痛みも伴わないのです。
このため「無料」の価値を過大評価してしまいます。
価格設定をミスったAmazon
過去にAmazonが1円と0円の価値を見誤多った事例があります。
Amazonは一定額以上を購入すると送料が無料になるキャンペーンを導入しました。すると売上は順調に伸びました。
送料無料目当てに余計に買う人が急増したからです。
一方、フランスのAmazonだけは売り上げが伸びませんでした。というのもフランスだけ、一定額以上買うと送料が1フランになるとしたためです。
1フランは約20円。送料としてはタダ同然です。ですが、出費を伴うため効果を発揮することはありませんでした。
無料のワナ
「無料」という言葉はマジックワードです。私たちに正常な判断をできなくさせます。しかも、正常に判断できなくなっただけでなく得した気分にまでなります。
現代社会では「無料」が持つ強烈な力を利用したワナがあちこちに張り巡らされています。
年会費無料は本当に得か?
「無料」の力はとても強いので、年会費500円のクレジットカードだと人はためらいますが、年会費無料のクレジットカードだと特に気にせずに契約します。
ですが、年会費は500円だけどリボ払いなどの利率が10%なのに対し、年会費無料の方は15%だとしたらどうでしょう?
もしリボ払いにしてしまった場合、10,000円買い物をすれば、前者の利子は1,000円です。一方、後者は1,500円です。
もし年間に1万円以上リボ払いで買い物をするなら、手数料0円のクレジットカードの方が高くつきます。
「無料」はマジックであなたの財布を抜き取るときに、肩や背中など体の一部を強く握り意識を逸らせるのと同じ役割をしています。
オイル交換無料は本当に得か?
あなたが車を買おうとしているとします。家族用にリーズナブルなHONDAのワゴン車を買う予定です。
ところがカーディーラーに行くと、ベンツが「今だけ永遠、オイル交換無料」というキャンペーンをやっていました。
車の価格はベンツの方が高いです。ですが、あなたはベンツを選びました。なぜなら「永遠にオイル交換無料なんてとてもお得だから」です。
果たして本当にお得な選択だったのでしょうか?
エンジンオイルの交換はだいたい年間で平均1万円ほどです。車の寿命の目安は平均10年と言われています。つまり、ずっと乗り続けたとしても得する総額は10万円ということです。
ベンツはHONDAより100万円以上高いのが普通です。それを考えると、目的にも合っていないし、損失も大きい選択だったことになります。
アイスクリーム無料
新発売のアイスクリームが無料でもらえるとなると、そのお店に行列ができます。みんなこのチャンスを逃すまいとして並びます。
行列の待ち時間は30分を超えるかもしれません。
たかだか数百円の無料のために貴重な30分を無駄にします。
更に悪いことに、アイスクリームは加工食品の中でも体に悪い食べ物の代表例です。化学薬品にも使われる食品添加物や、大量の砂糖が含まれています。
「無料」には、人の30分を消費させ、体にダメージを与えるものを喜んで欲し上がらせる力があります。
アイスクリームに限らず、トランス脂肪酸を使った唐揚げなど「無料」という言葉につられて多くの人が口にしています。
お店側の無料のワナ
「無料」は消費者の思考を停止させて購入させる絶好の仕掛けですが、使い方を間違えるとお店側もダメージを受けることになります。
勘違いしがちなのは「無料の力の強さ」です。
例えば、契約者数が欲しくて携帯電話の月額を1年間0円に設定したとします。元々月額は格安だったので0円にすれば契約者は増えるが、そこまででもないだろうと考えます。
ですが、思った以上に契約したい人が集まり、結果として自社回線が重くなり速度が遅くなるといったことも発生します。
回線速度が遅くなった結果、他社にお金を払って回線を貸してもらうことが必要になるかもしれません。
結果として、思っていた以上に高くついてしまい損失になることもあります。
交換でも成り立つ
なお「無料」で何かをあげるのと同じぐらい力を発揮するものがあります。それは、今持っているものを「よりいいモノと交換」するです。
こうすると人は例え現状に満足していたとしても交換しようとします。
ユニクロはダウンジャケットを持っていくと1000円引き券と交換するというキャンペーンをやっていました。
すると、ダウンジャケットを値下げしなくても消費者は、自分の古いダウンジャケットを手放して、新しい買い物をしてくれます。
まとめ
「無料」というキーワードは私たちが思っている以上に強力です。
それは私たちの恐怖心という本能を上手く回避するために働くもので、ヒトである限り避けようがありません。
ビジネスで言えば無料はエースカードです。欲しいと思っていない人にモノを所有させたり、
逆に購入者は「無料のワナ」に注意しなければいけません。
「無料」=「得をしている」とは限らないということです。「無料」を選択したために、本当に欲しかったものや、より質の高いモノを手にする機会を失ったのかもしれません。
「無料」を選択したために、将来損失を生み出すものを手にしてしまったのかもしれません。
私たちの脳は無料に飛びついてしまうという特性を知って、「無料」という言葉を見かけたら立ち止まって考えることが賢く生きるための知恵です。
「もし、お金を払うとしたらそれでも欲しいと思うか?」と。
参考
この記事の内容はアメリカの著名な行動経済学者 ダン・アリエリーの「予想通りに不合理」の内容の一部抜粋と要約です。
人が犯しがちな判断ミスを行動経済学という観点から紐解いたものです。ユーモアを交えた文体でとても読みやすく新たな発見がたくさん詰め込まれています。
この本を読んだことがあるかどうかで今後の人生の行動が変わってしまうほどのパワーを持ちます。
気になった方は是非手に取って読んでみることをお勧めします。