モノを売り買いするときには店舗や、ネットショッピングなど定価で購入することもありますが、選択肢の一つにオークションがあります。
オークションは出品する側も相場よりも高い価格で買い取ってもらうことができたり、買う側も相場より安い価格で買える可能性があり、双方にとってメリットを備えています。
オークションに参加するときは上限金額や予算を決めている人たちがほとんどです。ですが、ひとたび競争が始まってしまうと、最初の予算を大幅にオーバーして購入してしまうことも少なくありません。
オークションにはそういった人が頭で考える合理性を超越する仕組みが働いています。
ここではオークションが私たちにもたらす心理とその危険性について事例をふまえて解説しています。
映画の放映権を巡るオークション
1972年にアメリカで大ヒットした映画にポセイドン・アドベンチャーというものがあります。
タイタニック号に似た内容で、豪華客船ポセイドン号が海底地震によって発生した大津波により転覆し、そこからの脱出劇を描いたものです。
この大ヒット映画の放映権を巡って、アメリカの大手テレビ会社ABCやNBC、CBSが参加してオークションが行われました。
オークションの結果はABCニュースが330万ドル(3億3千万円)という巨額で落札する結果となりました。
この価格は完全に妥当性を失っていて放映によって100万ドル(1億円)以上の赤字を出す結果になりました。
ABCテレビはこの大失態以降「競売会場には二度と参加しないことを方針として決定した」と発表しています。
オークション参加者が語る
オークションに参加したCBSテレビの社長が次のように語っています。
私たちは最初はとても理性的でした。映画が私たちにもたらしてくれる利益に見合った値をつけ、それを入手するために上乗せしていこうとしました。
しかし競りが始まると、ABCがいきなり200万ドルという高額を提示してきました。
私も負けじと280万ドルで応戦しました。ABCが280万ドルを提示し、みんな頭に血がのぼっていました。
私は我を忘れたようになって値を上げ続けました。とうとう320万ドルを提示してしまいました。
そのとき「ああ、なんてことだ。もしも落札したら、一体どうしたらいいんだろう」とつぶやきました。
最終的にはABCがその上の金額を提示し、正直ほっとしました。実にいい勉強になりました。
ポイントは最初は誰もが理性的にやろうと判断していたこと。そして参加していたのは大手テレビ会社の社長という、非常に頭がよく経験豊富な人たちだったことです。
それが、競争が始まった途端に頭に血がのぼってしまい、自分たちを制御できなくなってしまいました。
しかも相手に応戦することをしながら頭のどこかでは「これは大変なことだ」という意識が働いているにも関わらずです。
このように、オークションには人に我を忘れさせる力があります。それは、どんなに頭がよく理性的な人たちでも避けられないものです。
CBSの社長は次のようにも述べています。
そのことだけで頭がいっぱいになり、それが時間とともにどんどんと酷くなっていきました。論理なんてすぐに吹き飛んでしまいました。
最後に勝ったのは誰か
オークションに関してはもう少し深く考察を進めていく必要があります。それは、オークションで最後に勝った(笑った、あるいはホッとした)のは誰かということです。
ポセイドン・アドベンチャーの放映権を巡って最後に勝ったのは落札しなかった人たちです。
そして、大損をこいて失態を晒したのは入札した人です。
つまり、オークションに参加すること自体がすでに失敗の始まりとうことです。
参加者はカモ
オークションで得をするのは、基本的にその場を提供している人だけです。
つまり参加者はカモでしかありません。しかも、カモの数が増えれば増えるほど競争が激化し、儲けはより大きくなるので、開催者は派手に告知を行います。
私たちは、モノや時間が限定されていることで価値を感じる性質を持っています。これを希少性の原理といいます。
希少性の原理を利用して「ここでしか手に入らない」「世界に唯一の」「今だけ」といった言葉でカモをたくさん呼び寄せて、具沢山のおいしい鍋会を開くわけです。
競争を生み出すと価値が上がる
私たちが持つ希少性の原理によりモノの価値を最大化させるための方法は、みんなが欲しがっているために数が少ないという競争を発生させることです。
ひとたび競争が始まると私たちは理性を失い感情的になり、狂ったほどにそれを手に入れようとしてしまいます。
大安売りのときにデパートの前に行列をなし、安売りのカートの品を我先にと取り合いをするのも競争が発生しているためです。
オークションは見事にこの競争を生み出したマーケティング手法です。
愚か者にならないために
よほどお金が有り余っていない限りオークションで商品を勝ち取るということは愚かなことです。むしろ、お金が有り余っているからという理由で大金を投じるのも愚かな行為といえます。
絵はただの紙の上に描かれたものでしかありません。中には意味がわからないものもたくさんあります。
ですが、ひとたび有名な人や権力のある人が「この絵はすごい」と言ったり、多くの人が欲しがると、その絵の価格は急上昇します。
その人が既に亡くなっていたり、作品点数が少ない場合はさらに価値が上がります。
「この絵に何の意味があるの?」という絵自体に価値を見出していなかった人たちが、周りが欲しがっているという理由だけで価値を見出します。
結果として、驚くべき程の大金で落札されます。
例えば、ウィレム・デ・クーニングのインターチェンジという作品は、何の情報もなくそこら辺の露店で売られていたらわけがわからず買う人はいないでしょう。ところが、多くの人が欲しがったことで競争がおこり、3億ドル(約300億円)という超高額で落札されています。
他にも50年以上も昔の車がオークションにかけられ76億円と言う大金で購入されています。いくらかけようが車は車です。人が作ったものに変わりはありません。
ということをどんなに理解していても、「これは世界に1つしかない330億円の絵です」「これは世界に1台しかない76億円の車です」と言われたらそれが欲しくなります。
それは私たちに無意識に発生してしまう心理なので、自分の中で作り上げられた一時的な偽の価値に騙されないように注意が必要です。
参考
この記事の内容はアメリカの有名な心理学者 ロバート・チャルディーニの「影響力の武器」の内容の一部抜粋と要約です。
現代のマーケティングで使われている手法が心理学の面から解き明かされ、たくさんの事例を交えてわかりやすい文章で記されています。
この本の内容を細かく知っているかどうかで、現代の市場に隠されているたくさんのワナにハマりカモになるのか、それを避けて利用する側に回れるのかが大きく分かれます。
気になった方は是非手に取って読んでみることをお勧めします。