心理学の歴史の中でも有名な実験の一つにスタンレーミルグラムが行った「アイヒマン実験(ミルグラム実験)」があります。
この実験の結果、私たちヒトは権威のある人からの命令に、自分の意志とは関係なしに従うという性質が明らかになりました。
その結果、罪のない人を殺すといった残虐な行為にまで及びます。
こういった私たちヒトが持つ性質のために、ナチス ドイツによるユダヤ人の大量虐殺や、アメリカ軍がベトナムで行った、一切武装も反抗もしていないソンミ村という集落の子供173人を含む住人504人を虐殺するといった衝撃的な出来事が発生すると説明づけられています。
ここに一つの小さな疑問があります。自分の意志とは反して命令に従うことを強要された人たちは、権威者に対して恨みをもつのでしょうか?
実はそうではありません。ここでは、権威者による命令に従い、自分の意志と反したことをした人が誰に恨みを抱くかについてまとめています。
ブライアン・ウィルソン事件
権威者による命令に従い、自分の意志と反したことをした人が誰に恨みを抱くかを教えてくれる事例に1987年にアメリカで起こったブライアン・ウィルソン事件があります。
ブライアン・ウィルソン事件はベトナム戦争から生還した平和活動家です。
ブライアン・ウィルソンは海軍が行っているアメリカからニカラグアなどの中米への武器輸出に抗議するために、海軍と鉄道会社に対して次のような声明を出しました。
「3日後、我々は武器の輸送に抗議するため、線路に我々の身を置く」
そして、3日後にブライアン・ウィルソンを含む3名は実際に線路の上に寝転がり自分たちの身を置きました。
周りには海軍やブライアン・ウィルソンの家族たちがいました。
しかし、列車は彼らの姿が見えていたにも関わらずスピードを緩めることはありませんでした。
結果としてブライアン・ウィルソン以外の2人は逃げたものの、ブライアン・ウィルソンは列車に両足を切断されました。他にも頭がい骨を骨折するなど重大な怪我を負いました。
しかし、周りにいた海軍の衛生兵たちはブライアン・ウィルソンを助けようとしなかったため、妻子や仲間たちが自分たちで止血を行い、救急車が来るまでの45分間彼を励ましつづけました。
海軍の対応
海軍は3日前に届いたブライアン・ウィルソンからの通達を受けて、海軍や鉄道会社に対して、彼の要求をいけ入れてはならないという指示を出しました。
彼が線路に横たわっていたとしても列車は予定通りに運航しなければいけないし、仮に怪我をしたとしても一切手助けをしてはいけないという内容です。
その結果、列車の運転士は上からの命令に従って列車を走らせ、海軍の衛生兵たちは手当てをすることはありませんでした。
列車の運転士は誰を訴えたか
列車の運転士はブライアン・ウィルソンの両足を切断したことで極度の精神的なストレスを抱くことになりました。
その結果、「屈辱感、精神的苦痛、身体的ストレス」を理由として、なんとブライアン・ウィルソンを訴えました。
命令を下した海軍や鉄道会社の上司といった権威者ではなく、より弱い立場の者に怒りを向け罪を着せました。
なぜ権威者はこれほどまでに強力なのか?
私たちヒトは本能として権威に従うようにプログラムされています。権威者の命令は私たちにとって絶対的な義務感を呼び起こします。
更に、権威者を恨んだり反抗しないようなプログラムまで組み込まれています。
なぜ私たちに組み込まれている権威者に対する服従はこれほどまでに強力なのでしょうか?それを理解するには人類の歴史を遡る必要があります。
人類の祖先が誕生したのは約500年前、人の祖先であるホモ属が誕生したのは約200年前、そして直接的な祖先であるホモサピエンスが誕生したのは約20万年前だと言われています。
そして、1万2千年前までの約500万年は狩猟採集の時代でした。
1万2千年前にようやく世界の一部で農耕や牧畜、稲作が始まりました。約200年前にようやく産業革命が起き、20年前にインターネットが普及し始めました。
狩猟採集時代に比べると、産業革命が起こってからの期間が人類史の0.004%、インターネットが普及してからはたったの0.0004%にすぎません。
つまり、私たちヒトにとっての歴史は99.996%(ほぼ100%)は狩猟採集時代ということです。
今ほど環境が整っておらず、人類が生態系の頂点に立っていなかった過酷な時代から、今の今まで生き残るためには、生存確率を上げ子孫繁栄が最大の課題になります。
その中で、最も効率的に生存確率を上げ子孫を繁栄させる方法は権威者に従うことでした。
通常、権威者とはより多くの物事を知り、力があり、その人たちに従っていれば間違う可能性が低い存在でした。
権威者にたてつき、反抗するモノは直ぐに死んでしまうか殺される運命が待っていました。
そして、何万年もの間生き残り続け繁栄してきた私たちは、権威者に従順だった生物の子孫ということになります。
その遺伝子は今でも私たちの中にしっかりと根付き、無条件に権威に従うように内側から義務感が湧きおこるようになっています。
参考
この記事の内容はアメリカの有名な心理学者 ロバート・チャルディーニの「影響力の武器」の内容の一部抜粋と要約です。
現代のマーケティングで使われている手法が心理学の面から解き明かされ、たくさんの事例を交えてわかりやすい文章で記されています。
この本の内容を細かく知っているかどうかで、現代の市場に隠されているたくさんのワナにハマりカモになるのか、それを避けて利用する側に回れるのかが大きく分かれます。
気になった方は是非手に取って読んでみることをお勧めします。