企業やボランティア団体に所属していたり、何か見知らぬ人を巻き込んで行動を起こしてもらいたいと思ったら、近隣に住む見ず知らずの人に依頼をしなければいけないときもあります。
もし依頼してより多くの協力者を得ることができれば心強い限りです。
逆に、依頼を断られてしまうと心が折れてしまうかもしれません。
強いハートの持ち主で「断られても気にしない」という人でも、断られ続けるのでは成果が上がりません。達成への道のりは長いままです。
そんな時にはある頼み方をすると依頼を受け入れてもらえる可能性が大幅に上がります。
ここでは、その方法についてアメリカで行われた研究と、そのときに依頼された人に生じる人間心理を交えて紹介しています。
ダサくて大きな看板を庭に設置してもらうには?
ある日知らない人が訪ねてきて、あなたの家の庭に「安全運転をしよう」と下手くそな手書きの汚い字で書かれた大きな看板を置いて欲しいと頼まれたらどうするでしょうか?
きっと断るでしょう。目障りですし、あなたの家の素敵な外観はその看板によって隠されてしまいます。なにより依頼してきた人は全く知らない人です。そんな人に無償で庭を提供する義務はありません。
アメリカでこのような無謀な依頼をいくつかのパターンで検証し、実際に庭に看板を置いてもらう確率を上げた方法があります。
実験の内容は次のようなものです。
あなたの家に看板を置かせて欲しいと依頼し、ある1枚の写真を見せます。そこには素敵な家と「安全運転をしよう」と下手くそな手書きの汚い字で書かれた大きな看板が写っています。
家の外観は看板に被ってしまいほとんど見えません。質問は次の2つのパターンで行われました。
この結果は驚くほど違うものになりました。
パターン1で受け入れてくれた人は17%だったのに対し、パターン2は76%になりました。
なお、パターン2で2週間前に依頼した些細なお願いはほぼ全ての人が承諾しました。
つまり、最初に大きな依頼をするのではなく、2週間ほど前にずっと簡単な些細なお願いをして受け入れてもらうことで、次にお願いする大きな依頼の承認率が大幅に上がります。
依頼 | 承諾率 |
---|---|
看板を置いて欲しいと頼む | 17% |
事前に小さなお願いをしてから、2週間後に看板を置いて欲しいと頼む | 76% |
関連性が弱くても効果がある
上記の看板を置いてもらう実験では、パターン3として事前の簡単なお願いに「安全運転するドライバーになろう」という小さなステッカーを貼ってもらうことではなく、「カリフォルニアを美しく保とう」という署名をしてもらう方法も試しました。
このポイントは2週間後に依頼する看板の内容である交通安全とは関連性がない(ように見える)依頼であるということです。
カリフォルニアは実験が行われた地域で、対象の住人はそこに住んでいるひとたちです。自分たちの地域を美しく保つことに反対する人はいないのでほとんどの人が署名をしました。
結果は、約50%の人たちが看板を設置することに同意しました。
依頼 | 承諾率 |
---|---|
看板を置いて欲しいと頼む | 17% |
関連性の弱い小さな依頼をしてから、2週間後に看板を置いて欲しいと頼む | 50% |
関連する小さな依頼をしてから、2週間後に看板を置いて欲しいと頼む | 76% |
なぜ無理な依頼を受け入れてもらえたのか?
なぜ事前に小さなお願いをすることで、それよりもずっと大きな無理な依頼を受け入れてもらうことができたのでしょうか?
それは人の性質の一つである「一貫性の原理」が働いたためです。
「一貫性の原理」とは自分が公表したり言ったり約束したことがあったら、無意識のうちにその言葉を守るように行動しようとすることです。
つまり小さなお願いである「安全運転を宣言する小さなステッカーを貼ることを受け入れた」という自分の言葉と行動が自分自身が「安全運転をする人」だという意識を強化させたということです。
その結果、「安全運転しよう」と書かれた看板を置いて欲しいと言われたときに、自分自身の中の「安全運転をする人」というイメージと一貫性が保たれるような行動を多くの人が自然に選択しました。
では、なぜ2つ目の「カリフォルニアを美しく保とう」という依頼でも看板の設置を承諾する割合が増加したかというと、それに署名した時点でその人の中に「自分は道徳性豊かで、規律を守ろうとする人だ」という自己イメージが自然と生まれたからです。
このため「安全運転をしよう」という社会的に良い行いを受け入れるようになりました。
とはいえ関連性が高い小さな依頼の方が効果があるので、最初に依頼をする内容は次の2つのポイントが重要となります。
一貫性の原理を使うための4つの条件
一貫性の原理についてもう少し細かく解説すると、その発動条件には次の4つが必要となります。
看板設置を依頼するための、事前の小さなステッカーを貼る依頼はこの4つの条件を全て満たしています。
- 行動を含む → 「いいですよ」と承諾する
- 公表する → 相手に対して言う
- 努力を要する → ステーカーを貼らなければいけない
- 自分で選択する → 最終的判断は自分で下した
複雑なように見えますが、通常は小さな依頼を「~してくれませんか?」と訊ねて、相手に答えてもらった時点で4つの条件が成立します。
承諾による行動の変化
「一貫性の原理」で重要なことは最初にどんな承諾を引き出すかです。
相手は相手が自分で宣言した通りの人になるため、自分が次にするお願いに協力的になるような依頼をする必要があります。
承諾の内容によってどのような変化が出るかを確かめた研究があります。
大学生を対象に、地元の高校でエイズ教育のプロジェクトでボランティアを求めるアンケートを行いました。
そこでは2つのグループに分けてそれぞれで異なるアンケートの取り方をしました。
グループA:「参加を希望する」と記入させる(希望者のみ参加)
グループB:「参加を希望しない」と記入させる(デフォルトは全員参加)
グループAは自らの意志で参加を表明するもので、グループBは意志を表明せずとも参加することになっている状態です。
結果として、当日実際にボランティアに来た学生はグループAの方が圧倒的に多くなりました。そして、参加した理由を「言われたから」や「なんとなく」ではなく、自分の価値観や性格、好みなどと関連付けて説明する傾向が見られました。
積極的コミットメントと消極的コミットメントの違い
自分の意志表明をすることをコミットメント(commitemnt)といいます。
「やります」と宣言することを積極的コミットメント、「やりません」と宣言することを消極的コミットメントといます。
重要なのは相手にどういう行動をとって欲しいかによって最初に意思表明させるコミットメントの種類を変えることです。
事前に「ちょっとしたことなんですが、~をしないでおいてくれませんか?」と訊ねて「いいですよ」という答えが返ってくれば、相手はそのことに対して消極的コミットメントを宣言したことになります。
その後でより大きな依頼を「~をしないでくれませんんか?」と頼むと承諾される確率が上がります。
事前アンケートの力
「一貫性の原理」を使ってより大きな依頼を承諾させる方法は他にもたくさんあります。
よく駅前などで寄付をお願いしている人たちを見たことがあるかと思います。そういった人たちは基本的にボランティアで駆り出されています。
アメリカ癌協会では寄付金を集めのボランティアを募集するために一貫性の原理を上手に利用しました。
その方法はいきなり「寄付金集めのボランティアに参加してください」とお願いするのではありません。
電話をかけて仮のアンケートをとります。「もし、寄付を集めるボランティアに参加を依頼されたら、どうされますか?」
多くの人たちは実際に参加するわけではなく、ただのアンケートだと考えて、自分がイイ人だと思われたいために「参加します」と答えました。まさに小さな依頼です。
そして、数日後実際にボランティアを依頼したところ、事前にアンケートを取らなかったときに比べて8倍もの人がボランティアへの参加を承諾しました。
アンケートで「参加します」と答えてしまった以上、自分自身を嘘つきにしないためにも承諾せざるを得なかったということです。
よく見られたいという気持ちをくすぐる
選挙前になると市町村役場や駅前で「選挙にいきましょう!」と大きな声で言っている人たちがいます。
選挙があることのリマインドになってはいますが、実際にその声を聞いた人たちに「選挙に行かなきゃ」と思わせる効果はほとんどありません。
そんな時にも事前アンケートの力が使えます。
いきなり「選挙にいきましょう!投票をお願いします!」と依頼するのではなく、事前に「あなたは選挙の投票に行く予定がありますか?」と訊ねます。
自分をよく見せたいという心理が働いて「はい」と言ってしまいます。
その結果、質問に答えた人たちの投票率がかなり高くなりました。
自尊心を利用する
「よく見られたい」「良い人と思われたい」という感情を利用する以外にも「自尊心を利用する」方法があります。
裁判所には陪審員制度があります。これは、一般市民の中から裁判に参加して被告人が有罪か無罪か判断するものです。
陪審員は複数人選ばれ、全員で議論しながら進める形になります。このため、もし押しに弱い人がいると、誰か声の大きい人の圧力に負けて自分の意見を曲げてしまうリスクがあります。
このため、意志の強い人を選ぶことが重要になります。
そんな難しい陪審員選びですが、アメリカのジョーエレン・ディミトリアスは陪審員候補者を選抜するプロと言われています。
ディミトリアスが人を選ぶために使っている手法は「相手の自尊心を利用した一貫性の原理」です。
具体的には次のような質問をします。
もしも無実を信じているのがあなた一人だったとしても、あなたの意見を変えようとしてくる他の陪審員の圧力に耐えることができますか?
この質問をされたとき自尊心のある人なら「できます」と答えてしまいます。
「自分にはできない」というのは自分の弱さを認めることでもあるのであまり多くの人は選択しません。
「できます」と答えた結果、実際の裁判でも自分で宣言したように振舞います。
「お元気ですか?」と聞くだけで募金が集まる
誰かにお金を寄付してもらうというのは決して簡単なことではありません。誰しも自分が汗水たらして一生懸命稼いだお金は少しでも失いたくないものです。
ですが、一貫性の原理を利用すると、ただ一言「お元気ですか?」という質問をしただけで、寄付金の依頼に応じてくれる可能性が上がります。
ある慈善団体は活動資金として電話で寄付金を募集しました。そのときに次のように切り出しました。
依頼者「〇〇さんこんにちは、お元気ですか?」
あいて「はい、元気です」(慣用的な挨拶)
依頼者「それはよかったです。本日お電話差し上げたのは、不幸にも〇〇で被害を受けた人たちを支援する募金にご協力いただけないかと思いまして。」
「お元気ですか?」や「体調はいかがですか」と聞けばほとんどの人が反射的に「はい、元気です」や「まあまあです」と答えます。
その後に「不幸な人のために」と言われると、「元気です」と答えた人は、元気な自分が不幸な人のために協力しないのはいけないことだという義務感を感じます。
最初に慣用的に答えた「元気です」という宣言に一貫する行動をとるように仕向けられたということです。
まとめ
一貫性の原理は私たちヒトにとって自然に働く超強力なものです。
それを上手に利用すれば難しい依頼を受け入れてもらう確率を大幅に上げることができます。
逆に、あなたが何か小さなお願いをされたときは一貫性の原理のワナにはめられようとしているかもしれないので注意が必要です。
参考
この記事の内容はアメリカの有名な心理学者 ロバート・チャルディーニの「影響力の武器」の内容の一部抜粋と要約です。
現代のマーケティングで使われている手法が心理学の面から解き明かされ、たくさんの事例を交えてわかりやすい文章で記されています。
この本の内容を細かく知っているかどうかで、現代の市場に隠されているたくさんのワナにハマりカモになるのか、それを避けて利用する側に回れるのかが大きく分かれます。
気になった方は是非手に取って読んでみることをお勧めします。