人は自分よりもいい境遇にいる人を見ると「ねたみ」や「嫉妬」が発生します。
ねたみや嫉妬は「あの人だけズルい」「自分もああなりたい」「失敗すればいいのに」「ざまーみろ」といった感情や発言につながります。
「ねたみ」や「嫉妬」は誰も損していない
「ねたみ」や「嫉妬」はよくよく考えてみると、非常に不合理な感情です。
なぜなら、あなたがねたんだり嫉妬している人は、あなたから何かを奪ったわけではありません。ただその人自身の努力や運でそれを手に入れただけです。
直接的にあなたにダメージを与えたわけでも、何か損失を出したわけでもないのです。
「ねたみ」や「嫉妬」で誰も得しない
「ねたみ」や「嫉妬」があなたから何かを奪ったわけではないため、あなたがどんなに相手をねたんだり、嫉妬したところで、誰一人としてプラスになることはありません。
ねたんでいる人の感情はイライラむしゃくしゃして最悪な気分です。
相手の成功を願ったり手を貸すことはありません。相手の失敗を願い、手を貸さず、邪魔をします。
悪口を言いふらしたり、酷い言葉をSNSで拡散したり、車に傷をつける、危害を加えるといった酷い行動に出ることもあります。
当然、ねたまれている人にとっても何一つメリットがありません。何か悪いことをしたわけでも、危害を加えたわけでもではないのに、イライラむしゃくしゃをぶつけられます。
いつ「ねたみ」や「嫉妬」が発生するのか?
「ねたみ」や「嫉妬」が発生するには特定の条件があります。
それは「似た境遇にいること」です。例えば、同じ会社で働いている同期の社員に、自分よりも高い給料をもらっている人がいるとねたみが発生します。
これが年の離れたマネージャーだと、ねたみは発生しません。
あなたの家のご近所さんが金持ちで、ガレージにポルシェやベンツが停まっていると、ねたみが発生します。
ところが、旅行に行った先で、たまたま通りがかった家のガレージにポルシェやベンツが停まっていてもねたみは発生しません。
エンジニアは医者をねたみませんが、エンジニアをねたみます。
同級生をねたみますが、先輩や卒業生、先生をねたむことはほとんどありません。
このように、年齢や職業、暮らしているところが似ている人に対してのみねたみが発生します。動物や植物、モノや見たこともない人に対してねたみが発生することはありません。
「ねたみ」や「嫉妬」から解放される方法
「ねたみ」や「嫉妬」から解放される方法は次の4つです。
他人と比較することをやめる
「ねたみ」や「嫉妬」から解放されるための1つめの方法は「他人と比較することをやめる」です。
ねたみが発生するのは比較をするからです。比較しなければねたみは発生しません。
とはいえ、人は自分の価値や社会的立場を他人と比較しなければ認識できない(社会的比較理論)ので、比較しないというのは難しいかもしれません。
ねたみや嫉妬などから解放されるために出家して厳しい修行をする人たちすらいるほどです。
ねたみを成長のエネルギーにする
「ねたみ」や「嫉妬」から解放されるための2つめの方法は「ねたみを成長のエネルギーにする」です。
「ねたみ」や「嫉妬」というのは超強力なエネルギーです。そのエネルギーを誰かの邪魔をしたり、失敗を願うことに使うと、誰一人として幸せになりません。
ですが、そのマイナスのエネルギーを「羨ましい!自分も絶対にそうなってやる!」「いつか追いついてやる!」というポジティブなエネルギーに転換すれば、成長につなげることができます。
人は努力すれば必ず成長します。今あなたが羨んでいる人が1000で、あなたが0だとします。その差は壁のように大きく感じます。ですが、あなたが今日努力すれば1です。明日努力すれば2です。1年間努力すれば365です。そして、3年努力すれば1000を超えます。
もうそこには、誰かをねたみ嫉妬し羨んでいたあなたはいません。
何かの分野でトップに立つ
「ねたみ」や「嫉妬」から解放されるための3つめの方法は「何かの分野でトップに立つ」です。
「ねたみ」や「嫉妬」は自分には自信がない、自分の人生に満足できないという時により強く発生します。
逆にあなたが何かの分野で「私はこの分野でNo.1だ」と誇れるものがあれば、「ねたみ」や「嫉妬」に縛られずにすみます。
人には必ず生まれ持った得意なことと、苦手なことがあります。苦手なことはどんなにつきつめてもNo.1になれません。それどころかその道は辛く、苦しいものです。苦手な道は避けなければいけません。
そうではなく得意な道をひたすら突き進み鍛錬を積めば、あなたはいつの日かかなりの高みにたどり着きます。
その山の頂上から周りを見渡した時、あなたには「ねたみ」や「嫉妬」の心は生まれません。
他人と比較しなくていい場所に行く
「ねたみ」や「嫉妬」から解放されるための4つめの方法は「他人と比較しなくていい場所に行く」です。
もしあなたが今の職場にいて、ついつい比較してしまい苦しいのであれば、比較しなくて済むようなところにいくのも有効な手段です。
たくさんの人がいる都会にいてついつい比較ばかりしてしまうのであれば、田舎の山の奥のぽつんと一軒家に住むのも「ねたみ」や「嫉妬」を避ける一つの手段です。
とはいえ、山奥に引っ越して都会のことばかり考えて、羨んでいたら意味がありません。
海でも山でも海外でも、あなたが心から安心できてくつろげる環境へ引っ越すことが、「ねたみ」や「嫉妬」から解放されて幸せになる一つの道でもあります。
なぜ「ねたみ」や「嫉妬」が存在するのか?
そもそも現代社会に住む私たちにとって「ねたみ」や「嫉妬」はなくてもいいものです。誰も得する人がいないばかりか、自分も大きな損をします。
ではなぜ、これほどまでに強力な「ねたみ」や「嫉妬」が私たちには備わっているのでしょうか?
それは、私たちの祖先が生き残るために非常に重要な能力の一つだったからです。
人の歴史
人類の祖先が誕生したのは約500年前、人の祖先であるホモ属が誕生したのは約200年前、そして直接的な祖先であるホモサピエンスが誕生したのは約20万年前だと言われています。
1万2千年前までの約500万年は狩猟採集の時代でした。そして、ようやく世界の一部で農耕や牧畜、稲作が始まりました。約200年前に産業革命が起き、20年前にインターネットが普及し始めました。
狩猟採集時代に比べると、産業革命が起こってからの期間が人類史の0.004%、インターネットが普及してからはたったの0.0004%にすぎません。
つまり、私たちヒトにとっての歴史は99.996%(ほぼ100%)は狩猟採集時代です。
狩猟採集時代と「ねたみ」や「嫉妬」
食べるものが乏しく、過酷な環境下の狩猟採集時代においては、誰かが食料を独り占めしてしまうと、その他の人たちが命の危機に瀕することになります。
ヒトの一番の目的は生存して子孫を反映させることでした。このため、そのような一人だけ裕福になろうとするものがいると「ねたみ」や「嫉妬」の本能が強烈に発動し、誰か一人だ利益を奪うのを阻止します。
つまり、「ねたみ」や「嫉妬」は狩猟採集時代において、生きるために必要だった本能ということです。
現代に「ねたみ」や「嫉妬」は不要
「ねたみ」や「嫉妬」は狩猟採集時代を生き残るためには非常に重要な本能でした。
しかし、食料や身の安全が確保されている現代においては、「ねたみ」や「嫉妬」が私たちにプラスの影響をもたらすことはありません。
嫌な思いをしたり、周りから嫌われて人間関係を築けず、不幸になるだけです。
つまり、「ねたみ」や「嫉妬」は現代においては全く必要のないものです。
ただし本能である以上、自分と似た境遇の人を見ると無意識に発生してしまう感情です。そこに良い悪いはありません。もし発生してしまったら、冷静に取り除く、あるいは取り除けるように努力することこそが大切です。
参考
この記事の内容はスイスの経営者かつ小説家でもあるロルフ・ドベリの「Think Smart ~間違った思い込みを避けて、賢く生き抜くための思考法~」の一部要約と自分なりの見解を加えたものです。
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とても分かりやすく、成功したい、幸福になりたい思っている人の必読書です。
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