ニュースや職場など私たちをとりまく環境では、何かが起こると必ず原因を探します。
地震が起こればニュースキャスターが専門家に「今回の地震の原因は何でしょうか?」と訊ねます。企業の売り上げが下がれば社長が部下に「なぜ売り上げが下がっているんだ?」と訊ねます。
それらの問いに対して「その理由は、~と~と~とが合わさって、〇〇でして」という答え方をすると、「的を射ていない」「無能」というレッテルを貼られます。
一方「その原因は〇〇です」と原因を一つに絞って明快な答えを出すと「わかりやすい」「さすがだ」という評価になります。
つまり、原因をいくつもいくつも挙げる人は無能で、明快なたった一つの原因を挙げる人は優秀ということです。ですが、この思考には大きな見落としがあります。
それはこの世界において「原因がたった一つということはない」ということです。
ここでは、原因を一つだと思い込むことの危険性についてまとめています。
リンゴが落ちる原因は何か?
リンゴは木から落ちます。ではリンゴが木から落ちる原因は何でしょうか?
こうした質問を出すと、たいていの人はニュートンのことを知っているか試されていると感じ、そのぐらい知ってるよと自信満々に「地球の重力です」と答えます。
ですが、その答えは間違っています。
リンゴが木から落ちる原因は、もちろん重力も必要です。ですがそれ以外にも、鳥がつついた、枝が腐った、強風が吹いた、雨が強かった、重くなりすぎた、乾燥しすぎた、誰かが棒でつついた、など様々なことが考えられます。
しかも、どれか一つではなく、それぞれの原因が重なり合った結果落ちた可能性もあります。
私たちの社会も木から落ちたリンゴと同じように、様々な原因が重なり合った結果、今の状態が発生しているのです。
それを「原因は一つしかない!」と言って、無理やり何か一つに絞ろうとすることは完全に間違った愚かな行為です。
単一原因の誤謬とは何か?
私たちが「真の原因はたった一つ」と思い込んでしまうことを「単一原因の誤謬(ごびゅう)」といいます。誤謬とは「間違った考え」のことです。
答えは1つしかないが間違っている
私たちが「原因は一つしかない」と思い込んでしまう一番の要因は、学校教育による洗脳です。
私たちは学校で「答えは1つ」と教えられてきました。そして、そのたった1つの答えを見つけ出せる人が頭がよくて優秀な人ともてはやされてきました。
しかし、その教育方法自体が、実際の社会とは大きくかけ離れたおかしなものです。
数学であればまだ答えは1つになりますが、国語などの場合答えが1つというのは間違っている場合がほとんどです。
それは、指導要領で決められた答えの場合もありますが、先生自身が決めたことがたった一つの答えになることも少なくありません。
特に日本人は「答えが一つしかない」と思い込んでいる割合が非常に多いことで知られています。
PISAテスト
ヨーロッパ諸国を中心に日・米を含め38ヶ国の先進国が加盟する国際機関OECDが中学生に対して実施している学力テストに、PISAテストというものがあります。
その中で次のような質問に対して日本人の正答率は異様に低いという結果になりました。
多くの日本人は「どうですか?」と言われて「どうですか?と言われても困る」と感じ白紙の答案を提出しました。
なぜ日本人が答えられなかったかというと「壁に落書きをすることは、いけないことだ」というたった一つの見解しか持っていなかったからです。
ところが、この答えは一つではありません。「後から消せるならいい」も正解です。「みんなが感動できる落書きならいい」も正解です。「取り壊す予定の壁ならいい」も正解です。「天才画家の10億円する落書きならいい」も正解です。「自分の家の壁ならいい」も正解です。
一つの問に対し、正解は決して一つとは限りません。むしろ現実社会においては答えが1つになる場合の方が圧倒的に少なくなります。
歌による洗脳
学校だけでなく、マンガやメディア、ドラマなどにも間違った洗脳が溢れています。
なぜなら「原因は一つ」「答えは一つ」と考えている人たちが作っているからです。
アメリカのシンガーソングライター、トレイシーチャップマンが世に送り出して大ヒットしBillboard Hot100で3位を獲得した曲に「Give Me One Reason(私に1つだけ理由をちょうだい)」という曲があります。
この曲を聴いて心動かされ聞き込んだ人が世界中に何百万人といます。そうした人たちは「私も1つだけ理由が欲しい」と共感し切望します。
結果として「理由が1つだけ欲しいなんてバカげている」という意見がはじき出され「理由は1つに絞れるはずだ」という思考が根付いてしまいます。
このように、あらゆるメディアや曲が洗脳の原因になります。
「絶対に~が正しい」という思い込みが差別を生む
社会において何かの原因も答えも一つになることはありません。つまり「絶対に~が正しい」ということはありません。
どこの家庭にも電子レンジがありますが(あるはず)、その呼び名は家庭によって様々です。「電子レンジ」や「レンジ」と呼ぶ家庭もあれば「チン」と呼ぶ家庭もあります。
ここで「電子レンジの呼び名は、電子レンジであるべきだ」という人や、「電子レンジかレンジならいいと思う」という人は、「チン」と呼んでいる人たちをバカにする傾向があります。
「ププッ、そんな呼び方しないよ」と決めつけます。これが差別です。
「電子レンジ」の呼び名は、「電子レンジ」も正解です。「レンジ」も正解です。「チン」も正解です。
原因は一つだと思っている人は失敗する
離婚の原因は一つではない
仮に、あなたの妻が愛想をつかし、家を出て行って離婚に至った場合、あなたはその原因をなんだと考えるでしょうか?
「タバコをやめなかったから」「お酒を浴びるようにのんでいたから」「家計の心配をしなかったから」「子供の世話を一切しなかったから」「家事を何一つ手伝わなかったから」「記念日を祝わなかったら」「暴言を吐いたから」「もともと相手とは性格が合わなかったから」などなど、様々な理由が思い浮かぶかもしれません。
ななたは散々考えあぐねた結果、離婚の原因は「お酒を浴びるようにのんでいたから」だと考えました。
ですが、それは間違いです。正しい答えは、全ての原因が折り重なった結果だということです。つまり、全ての原因が正しいということです。
ここに気づかづに「お酒を飲むのさえやめればいい」という、たった一つの結論に至った人は、今後の人生でも失敗を繰り返します。
売上減少の原因は何か?
仮にあなたが企業のマーケティング担当だとします。ある月を境に売り上げが徐々に減少してきました。この原因はいったい何でしょうか?
「商品が値上がりしたから」「ライバル企業が良い製品を投入したから」「少子高齢化により顧客が減り続けているから」「デザインがダサくなったから」「不祥事で企業のイメージが下がったから」「不景気により買い控えが続いているから」「優秀なセールスマンが退社してしまったから」「システムが使いにくく不評だから」などなど、考えられる理由は様々です。
ななたは散々考えあぐねた結果、売上減少の原因は「デザインがダサくなったから」だと考えました。
そして、デザインを改善すれば売り上げが回復すると社長を説得し、莫大な金額で優秀なデザイナーを雇ってデザインの改善を行いました。
果たしてこれで売り上げは回復するでしょうか?
答えはノーです。なぜなら原因は「デザインがダサくなったから」だけではありません。全ての原因が折り重なった結果が売り上げ減少につながっています。
そのことに気づけずに、原因を一つだと思い込んでしまうと、大きな失敗を犯すことになります。
対処可能な20を探せ|80:20の法則
この世の中のあらゆる出来事は原因が一つということはありません。必ず複数の原因があります。
そんなにたくさんの原因があったら対処できない!と嘆く必要はありません。この世には80:20の法則があります。
企業に当てはめる場合、会社の売上の80%は2割の製品が占めている。残りの8割の製品は売り上げに大きな影響を及ぼしていないというものです。
原因に当てはめる場合は、マイナス要因の80%は、たった2割の出来事から引き起こされているというものです。
つまり、原因はたくさんありますが、その影響度はそれぞれ異なっていて、特に大きなインパクトを与えているマイナス要因があるということです。
このインパクトの大きなマイナス要因のことをボトルネックといったりもします。
大きな影響を与えている2割を探し出して対処すれば、8割の症状は改善します。
対処可能な2割を探す方法
対処可能な2割を探す方法は次のとおりです。
対処可能な要因をリストアップしたあとに、どれが影響度が大きいかを調べるには、時間はかかりますが、実際にテストして数値を確かめる方法が確実です。
そのテストの結果、改善率が最も大きかったものが、探していた80%のインパクトを与えることができる2割です。
「自分の運命は自分で決めるもの」は間違い
マンガの中の主人公や、カリスマ的なリーダーの中には「自分の運命は自分で決めるものだ」と主張する人がいますが、これも間違いです。
私たちの行動は、遺伝で決まっているものや、生まれ育った環境、受けてきた教育、個々の神経細胞を行き来するホルモンの濃度など、多数の要因が作用しあった結果生じるものです。
「自分の意志」どころか、運や偶然など自分にはコントロールできない要素が山のようにあります。
原因を誰か一人のせいにするのも間違っている
企業が大失敗を犯すと、その責任の全ては社長に向けられます。社長も「社員は悪くありません。私が全て悪いです」と言います。
ですが、実際は社長一人が悪いわけではありません。大失敗を犯した原因は一つではなく、様々な原因が折り重なっています。
当然、社長ではなく、誰か一人の社員に責任を押し付けるのも間違っています。
逆に、企業の業績が大幅にアップし成功を収めたときに、社長が「私の手腕です」ということがあります。
ですが、企業の業績が大幅にアップした理由は社長一人の存在だけではありません。市場や制度、商品など様々な要因が絡み合った結果生み出されるものです。
参考
この記事の内容はスイスの経営者かつ小説家でもあるロルフ・ドベリの「Think Smart ~間違った思い込みを避けて、賢く生き抜くための思考法~」の一部要約と自分なりの見解を加えたものです。
本書では人々が陥りやすい思考のワナとその対処法が、実例を踏まえてふんだんに紹介されています。
とても分かりやすく、成功したい、幸福になりたい思っている人の必読書です。
この記事に少しでも興味を持たれた方は是非実際の書籍を手に取ってみることをお勧めします。