アメリカの数ある政治的な汚職事件の中でも、1972年にアメリカで発生し当時の大統領 リチャード・ニクソン大統領が辞職にまで追い込まれたウォーターゲート事件は群を抜いて有名です。
50年以上経過した今でもいろいろなところで話題にあがることがあります。
ここではウォーターゲート事件とは何か?という内容と、なぜこのようなリスクが高く失敗する可能性が高い作戦を、全米中でもトップクラスの頭のいい人たちが25万ドル(約2千500万円)という大金で採用したのかという、マーケティング心理を交えて解説しています。
ウォーターゲートとは何か?
そもそもウォーターゲートとは何かというと、当時大統領選挙を取り仕切る民主党選挙対策本部が置かれていたのが、アメリカ合衆国の首都ワシントンD.Cのウォーターゲートビルでした。つまり、ビルの名前ということです。
ここで起こった事件なので、 ウォーターゲート事件と呼ばれています。
ウォーターゲート事件の内容
ウォーターゲート事件は当時のリチャード・ニクソン大統領が自身の当選可能性を上げるために、CIAや元CIAの工作員を使って、民主党選挙対策があるウォーターゲートビルに盗聴器をしかけようとして、それが警備員により発覚したものです。
事件の翌日には逮捕された犯人がリチャード・ニクソン大統領の再選員会の警備主任であることが判明しました。
更にリチャード・ニクソン大統領らは事件をもみ消そうとし、最終的な辞職までに約2年を要しました。
リチャード・ニクソン大統領の状況
事件としては大変お粗末なものですが、最も驚くべきは当時のリチャード・ニクソン大統領の状況です。
当時のリチャード・ニクソン大統領の政策は比較的評価されていた時期で国民から非難されるよりも支持の方が高い状況でした。
更に、選挙の強力な対戦相手だった民主党のエドマンド・マスキーは予選選挙で十分な票を得られず失速し、その他の候補者もそれほど有力ではありませんでした。
つまり、何もしなくてもリチャード・ニクソン大統領の再選はほぼ確実な状況でした。
またリチャード・ニクソン大統領に盗聴をもちかけたのはリチャード・ニクソン大統領再選委員会で情報収集活動を取り仕切っていたゴードン・リディでした。
ゴードン・リディは政府の高官から怪しい男とされ、着実さや判断力が疑問視されているような人物でした。
まとめると、リチャード・ニクソン大統領は何もしなくても当選がほぼ確実の大統領選挙で、裏工作にそこまで信頼が置けない人物に、わざわざ大金を払ってまでリスクをとりに行ったことになります。
マーケティング心理
ゴードン・リディが提案した無謀で無意味な戦略にイエスと言ってしまったのには、裏にマーケティングの重要な心理がありました。
それはフェイス・イン・ザ・ドアというテクニックで「断らせてから譲歩する」と商談が成立する確率が大幅に上がるというものです。
第1の提案
ゴードン・リディは一番最初に次のような提案をしています。
- ウォーターゲートビルへの侵入
- 追跡用飛行機の購入
- 盗聴・誘拐・襲撃部隊の編成
- 高級コールガール
- 民主党の政治家を罠にかけ脅迫するための経費
など。これらをかなり大掛かりな裏工作を100万ドル(約1億円)という超大金で持ちかけました。
この一番最初の提案は拒否されました。
第2の提案
翌週ゴードン・リディたちは譲歩した提案をもちかけました。
それは第1の提案からいくつかのオプションを取り除き、費用を半額の50万ドル(約5000万円)に下げたものでした。
しかし、この提案も拒否されました。
第3の提案
そこでゴードン・リディたちはオプションをギリギリまで削り、ウォーターゲートビルへの侵入と盗聴器の設置として、価格をさらに半額の25万ドル(約2500万円)で提示しました。
リチャード・ニクソン大統領の状況や作戦の内容、価格面で見ても第3の提案単体では明らかに受け入れられるものではありません。
ですが「断らせて譲歩」の心理にハマってしまった大統領陣はその提案を承諾することにしました。
承認者の心境
最初と2回目の提案を断り、3つ目の提案を受け入れてしまったとき、交渉にあたっていた大統領陣営の人たちは次のような心境だったと語っています。
1000万ドルという莫大な金額から話が始まっていたので、2500万ドルなら許容範囲に思えた。
ゴードン・リディたちを手ぶらで追い払うのは悪い気がし、少しでもお金を渡してあげないといけないという気持ちにとらわれた。
25万ドル与えて、彼らがそれに見合うことをやるかどうか見てやろうという気分でサインした。
これらの証言からわかるように、一番最初に破格で膨大な取引を持ち掛けられたことで、その後から譲歩してできた取引が小さいものに見えたという「コントラストの原理」が働いていることがわかります。
更に、こちらは拒否したのに、あちらは譲歩してくれたということで「返報性の法則」により「悪い気がした」「申し訳ないという気持ちになった」というお返ししなければという義務感が生まれていることがわかります。
第3の案を断ろうとした人
リチャード・ニクソン大統領側で交渉にあたっていた人で一人 フレデリック・ラルーという人物は第3の提案は割に合うものではないと言って反対していました。
というのもフレデリック・ラルーのみ第1と第2の提案の場に参加せず、第3の提案から参加したため、フェイス・イン・ザ・ドアの心理にはまっていなかったのです。
過去の要求と比較して安いとも思っていなければ、譲歩されたとも思っていないので公平にゴードン・リディらの要求を評価することができました。
まとめ
ウォーターゲート事件はアメリカ史における世紀の大スキャンダルになりましたが、その発端はフェイス・イン・ザ・ドア(断らせてから譲歩する)という超強力なマーケティング手法により、「少しは報いなければ申し訳ない」や「最初の価格から比較したら安い」という感情が自然発生し、内容を客観的に評価できないことが原因でした。
これは私たちすべての人が共通に陥る心理です。このため、現代でも多くの企業や営業マンがモノやサービスを売るために使っているテクニックです。
歴史上の失敗から学び、自分たちの生活につなげていくことが、豊かで充実した人生を歩むために重要です。
参考
この記事の内容はアメリカの有名な心理学者 ロバート・チャルディーニの「影響力の武器」の内容の一部抜粋と要約です。
現代のマーケティングで使われている手法が心理学の面から解き明かされ、たくさんの事例を交えてわかりやすい文章で記されています。
この本の内容を細かく知っているかどうかで、現代の市場に隠されているたくさんのワナにハマりカモになるのか、それを避けて利用する側に回れるのかが大きく分かれます。
気になった方は是非手に取って読んでみることをお勧めします。