複数の人が集まって運営する組織では、輪を乱す人がいると全体に影響します。遅刻したり、規律を破ったり、ズルをしたり、予定した作業を完了できなかったりといろいろなイレギュラーが想定されます。
そういった場合に罰金(ペナルティー)を科せば、行動を正して規律を守らせることができるでしょうか?
罰金には力があるので確かに相手の行動をコントロールすることができます。ですが必ずしもうまくいくとは限りません。
罰金にはネガティブな側面もあります。ここでは罰金を導入したことで生まれてしまうネガティブな側面について解説しています。
あるアメリカの教授はイスラエルの託児所次のような実験を行いました。
その託児所では時折迎えの時刻に遅刻してくる親がいました。教授は罰金を科すことで迎えに遅刻してくる親が減るかを調査しました。
罰金を科したことで「お金を払えば遅刻してもいい」という考えが根付いてしまい、以前よりも遅刻する親が増える結果となりました。
以前は「遅刻したら先生方に申し訳ない」という感情があり、時折遅れてしまっても次回からは改めようとしていたのが、お金を導入したことでその気持ちがなくなってしまったわけです。
これは人が持つ特徴の一つである「市場規範」と「社会規範」という基準で説明がつきます。
「市場規範とはお金が絡んだ基準」のことで、「社会規範とはお金の絡まない感情的な基準」のことです。
この2つはどちらか一方しか成り立たないという性質があります。
つまり、託児所に子供を預ける親は最初「社会規範」で動いていました。「~してもらっている」という感情が強かったのに対し、罰金というお金が入り込んだことで、頭の中の尺度がお金へと切り替わり「遅刻=〇〇円」という思考へと切り替わってしまったことが原因です。
この託児所の実験には続きがあります。罰金を科したことが裏目に出て遅刻する人が増えてしまったため、元の状態に戻すべく罰金を無しにしました。
ところが、遅刻する親はさらに増えてしまいました。
これは今まで「遅れて申し訳ない」という社会規範が、「遅刻してもお金を払えばいい」という市場規範に変わり、その状態でお金がかからないフリーの状態になったので、「遅刻してもお金を払わなくてよくなった」に変わってしまったためです。
罰金を導入したことで適用された市場規範は、罰金を失くしても市場規範のままだったということです。
これは、社会規範が一度どこかに消えてしまうと長い間もとには戻らなくなることを示しています。人との信頼関係が壊れてしまったときに修復がすぐにはできないことと同じです。
この実験の内容は子育てにもつながります。子供は生まれながらに好奇心を持っています。このため、興味を持ったものを自発的に学んでいく特徴があります。
これは感情に突き動かされているので社会規範的な動きです。内側から沸き起こるモチベーションなので内発的モチベーションともいいます。
ですが、親が勉強させたい一心で「テストで〇点とったら、お小遣い上げてあげる」や「欲しいモノを買ってあげる」と言ってお金やモノで釣ると、社会規範から市場規範へと変わります。
「勉強=お金や欲しいモノを貰うための手段」に変わるわけです。外側からモチベーションを与えれらるため外的モチベーションといいます。
結果として、お金やモノがもらえるなら頑張るけど、そうでないならやらないという思考になってしまいます。
社会規範と市場規範は会社でも重要な意味を持ちます。
仕事のすべてを成果報酬にして、何かしてもらう時には対価としてお金を支払うとしている場合、従業員の頭の中では「これぐらいの仕事=〇円」という換算が常に行われるようになります。完全な市場規範です。
これは仕事の内容ともらえる金額が割にあわなければやらないし、もっといい給料をくれるところがあるならそっちに移動するという動機付けになります。
これではよほどの高給を支払える大手企業でない限り社員の離職率は上がる一方です。
逆に、社会規範を持ち込むことができれば「頼まれたら断れないな。よしやるか」という感情的な気持ちや、「この会社にはお世話になってるし。もう少し頑張ってみるか」という気持ちになります。
社会規範を持ち込むためには報酬をお金ではなくモノで与えることで実現できることがわかっています。
つまり報酬として何かプレゼントをするということです。社会規範においてはプレゼントの金額は関係ありません。100円の缶ジュースだろうが、1000円の高級ジュースだろうがどちらも同じです。
「手伝ってくれてありがとう」と言ってジュースを手渡せばいいのです。
その人の誕生日や子供の誕生日にちょっとしたプレゼントを贈るのも非常に効果的です。
ただし、金額を告げてはいけません。金額を告げた瞬間に相手の頭の中は市場規範へと切り替わってしまいます。
もし何かの特別報酬として1万円を支給しているのであれば、その1万円でプレゼントを買って渡した方が会社への愛着心を育てることができます。