地元のサッカーチームや地元のプロ野球チーム、地元の高校や出身高、更には母国など、人は自分と関連性のあるスポーツチームのことを、あたかも自分自身がそのチームの一員かのように応援します。
その応援は時に常軌を逸し、悲惨な事件を巻き起こすこともあります。
ここでは、自分が肩入れするスポーツチームに対して人がどれほど理不尽なまでに関与しようとし、なぜそういったことが起こるのかについて、私たちヒトが持つ心理的な側面を踏まえまとめています。
ときに地元や自国のスポーツチームや選手を応援する人たちはあまりにも理不尽な行動をとります。
日本のスキージャンプ界の歴史を代表する一人に原田雅彦さんがいます。
1998年に日本で行われた長野オリンピックで個人で銅メダルを獲得しました。真面目で責任感の強い人で団体戦では「両足を複雑骨折してもいい」という覚悟で臨み、137mという大記録のジャンプを決め金メダルに貢献した人です。
そんな原田雅彦さんも1994年のノルウェーで行われたリレハンメルオリンピックでは、悪天候の中の非常に難しジャンプが上手くいかず、その失敗したジャンプが原因となって金メダルを逃す結果となりました。
日本の代表にまで登りつめ、団体戦で銀メダルを獲得する偉業を成し遂げたにも関わらず、ジャンプの失敗の後からは、日本中から自宅に嫌がらせの電話や手紙が1年間という長い期間にわたって届きました。
中には原田雅彦を恨むあまり自宅に放火した人までいたほどです。
1994年にFIFAワールドカップでコロンビア代表を務めたサッカー選手のアンドレス・エスコバルは特に悲惨です。
アンドレス・エスコバルはサッカーの才能に溢れ、責任感も強くコロンビアの代表としてチームを率いました。
敵国アメリカで行われた第2試合で、アンドレス・エスコバルは前半35分に痛恨のオウンゴールを決めてしまい、後半に1点返したものの、最終的にはアメリカに1点届かず負けてしまいました。
その時点でコロンビアのリーグ敗退が決定しました。
コロンビア代表たちは今国に帰ると怒ったファンたちが何をするかわからないので危険と判断しアメリカに留まることにしました。
しかし、キャプテンを務め誰よりも責任感の強かったアンドレス・エスコバルは「自分はあのオウンゴールについてファンやマスコミに説明する義務がある」と言って、みんなが制止するなか単独で帰国しました。
そして、同じ1994年の7月2日にバーから出てきたところを、アンドレス・エスコバルに対して強烈な恨みを感じていた男に銃で12発もの弾丸を打ち込まれ、27歳という若さでこの世を去りました。
なぜ多くの人たちが、自分がそこに所属してるわけでもないのに地元や自国のスポーツチームに肩入れするのでしょうか?
そこには人が持つ「連合の原理」という性質があります。
連合の原理とは、「何かをイメージしたときに、それと近くにあるものを無意識に関連付けてしまう」という人の性質です。
例えば、美しく魅力的な女優がお菓子のCMに出ていると、その女優とお菓子は一切関係がないにも関わらず、無意識のうちにそのお菓子も魅力的だと思い込んでしまう性質です。
他にも、日本で一人の中国人が事件を起こすと、中国人のなかにはいい人や素晴らしい人がたくさんいるにもかかわらず「すべての中国人」=「悪い・嫌い」といった連想をしてしまうこともそうです。
多くの人々は「地元」や「自国」といったように自分に強く関連するものを、無意識のうちに自分自身の評価として捉えてしまいます。
そして、自分と関連性の高いチームが勝てば「自分の評価が上がった」と感じそのチームが負ければ「自分の評価が下がった」と感じます。
SF界の巨匠でボストン大学の教授でもあったアイザック・アシモフは人が持つこの心理を次のような言葉で表しています。
ほかのすべての条件が等しければ、人は自分と同じ性別、同じ文化、同じ地方の人を応援する。
応援する相手が誰であれ、その相手は自分の代理になる。そして、その人の勝利は自分の勝利も同然になる。
また、こうした人たちに共通して見られるのは、他人の威光を借りて、自分のものとする行動です。
母国や地元のチームが試合に勝つと、そのニュースを見た人は誇らしそうに「俺たち・私たちが勝った!」と言います。
一方、そのチームが最下位だったときは「俺たち・私たちは最下位だ!」とは言いません。負けたチームのことを話題にもあげず他人を装います。
アメリカの著名な心理学者 ロバート・チャルディーニは、人々が自分の大学のスポーツチームに対してどのような感情を抱いているのかを調べるため、学生に対して、彼らが通う大学のフットボールチームのある試合についてどう思うかというインタビューを行いました。
その結果、勝った試合について訊ねたときは「私たちは敵に対して17対14で勝った」というように、「私たち」という言葉を使い、チームの成功と自分自身を結び付けようとしました。
一方、負けた試合について訊ねると「彼らは31対20で負けた」「スコアは良く知らないけど負けたのはしっている」といったように、自分自身とチームを分離した答え方をしました。
勝った時だけその威光を借りようとし、負けたら知らぬふりをする人たちのことを「汚い」という評価をすることがありますが、それは私たちに「連想の原理」という性質がある以上、自然は発生してしまうものでもあります。
関連性がある人たちが勝ったり成功すると、自分もその成功の影響を受けようとするのはスポーツの世界だけではありません。
ベルギーで行われたある研究では、庭立ててある選挙立候補者のポスターがどのぐらいで取り払われるかを調べました。
その結果、選挙結果が悪かった候補者のポスターはすぐに取り払われたのに対し、選挙結果がよかった候補者のポスターは選挙が終わってもかなり長い間庭に設置されたままでした。
学校やサークル、会社などで、同じクラスの人や同僚と話している時に、人気や実力のある人の名前を使って「〇〇さんが言ってたんだけど」や「この前〇〇さんと話していた時に」といった発言をする人がいます。
この言葉の裏には「その先輩とつながっている自分は凄い」と主張して、自分を偉く見せようとする心理が働いています。
ですが、実情はその先輩は、喋っている人のことをほとんど知らず、仲がいいとも思っておらず、ただ少し言葉を交わしただけである場合がほとんどです。
女性の中には人気のある芸人や有名人と性的関係を持とうとする人たちもいます。
そういった有名な人と性的関係を持ったことで、「私は人気のある成功者と強い関係性がある。だから私は凄い」と自慢しようとします。
ですが、実情は1度やり棄てられただけであることが少なくありません。
ときにその悪影響は子供に及ぶことがあります。
自分が人生で達せいできなかったことを子供に押し付けて、さんざんに強制を強いたうえで、子供が成功すれば「その子供は私です」と言わんばかりに、子供の成功に預かろうとする親がいます。
子供をアイドルやスター子役にしようとしている親も同じです。子供の成功で自分自身も凄いように見せたいという心理が働いています。
こういった性質は就職活動でも頻繁に見られます。
多くの人が「自分がやりたいこと」ではなく「周りの人から偉く見られたい」という気持ちを優先して、名前が広く知られている大企業に入ろうとします。
大企業に入ることが成功者で、そうでない人たちは劣った失敗者だと考えている人たちすらいます。
地元や自国のスポーツチームに熱狂的に肩入れしたり、人気や実力のある人の名前をあげたり、そういった人たちと関係性を持とうとしたり、子供を有名にさせようとする人たちには一つ共通する特徴があります。
それは「その人自身が強い劣等感を抱いている」ということです。
自分自身では何かを達成したり成功することができない(あるいはそう思い込んでいる)ため、自分ではない他人の力を借りて自分自身を良く見せようとします。
成功者や権威者と自分を結び付けて、自分自身を良く見せようという心理は私たちヒトが生まれ持つ性質の一つであるため、昔からそれを表すようなことわざが生まれ、あちこちで目にしたり耳にすることがあります。
誰かの威光を借りて自分自身を良く見せようとしている限り、自分自身の人生を歩むことはできません。
それは、自分自身の人生を放棄し、他人を頼っている状態だからです。
自分と関連性があるものの凄さをどれだけ主張したとしても、あなた自身の中に誇りや成功体験が生まれるわけではありません。
私たちがヒトである以上、誰か権威的な人の成功にあやかりたくなるのは仕方がないことです。それは悪いことではなく、ごく自然な心理です。
ですが、より充実して幸せな人生を歩むためには、自分自身が他人の成功を借りようとしていることを自覚してそれをやめ、自分自身で成功をつかみ取れるように努力する以外に方法はありません。
現時点でどれだけ凄いと思う人も、みんな一日一日地道な一歩を積み重ねてきただけです。
仮にあなたが凄いくて敵わないと思う人たちの凄さが千で、自分がゼロだとします。
ですが、あなたが今日一つ積み重ねたら1です。1年間積み重ねたら365です。3年間積み重ねたら1000を超えます。
今この瞬間があなたにとって一番若いときです。あなたが今後の人生で心から幸せで充実していると思える人生を歩むことを心より望んでいます。
この記事の内容はアメリカの有名な心理学者 ロバート・チャルディーニの「影響力の武器」の内容の一部抜粋と要約です。
現代のマーケティングで使われている手法が心理学の面から解き明かされ、たくさんの事例を交えてわかりやすい文章で記されています。
この本の内容を細かく知っているかどうかで、現代の市場に隠されているたくさんのワナにハマりカモになるのか、それを避けて利用する側に回れるのかが大きく分かれます。
気になった方は是非手に取って読んでみることをお勧めします。