現代はモノが溢れインターネットのおかげで欲しいモノがいつでもすぐに手に入る時代になっています。
ですが、逆にモノを持ちすぎてしまうために身動きが取れなくなったり、やりたいことができなくなる、次から次へと新しいモノが欲しくなるといった弊害も生まれています。
このため、新しい価値観としてモノを持っていない方が幸せというミニマリストの考え方もだんだんと広まってきています。
もちろんなんでもかんでもモノを捨てればいいわけではありません。片付けや捨てることで幸せになるためには、その技術や考え方を身に付ける必要があります。
ここでは、捨てられない原因や、捨てることによる心理的なメリットについて解説しています。
モノを捨てるには何を捨てるかを選ぶのではなく、持っていて幸せになる残すべきものを選ぶことが大切です。
そうはいっても「いつか使うかもしれない」という気持ちに駆られたり、「あの時は楽しかったな」という思いでが蘇ったりして捨てる心理的ハードルは高いものです。
実質は、使わなくても問題なく生活できている時点でなくてもいいモノばかりです。実際、そういったなくてもいいモノを持っていることによって、身動きが重くなり今の状態に縛り付けられてしまっています。
そういったモノを捨てるにはその理由を知っておく必要があります。
モノを捨てられない原因は「過去への執着」と「未来への不安」の2つです。
本当はいらないのに「いつか使うかもしれない」と思ってしまうのは未来への不安があるためです。
この世にあるモノはすべて使おうと思えば使えるものです。逆に言うと大半のモノは無くても何とかなるモノばかりです。
それでもモノを溜めこんでしまうのは、自分に自信がなく、何かあったらそういったモノがないと自分はやっていけないと思い込んでいるからです。
このためモノを溜めこむのは未来への不安を具現化することに他なりません。身の回りにモノがあればあるほど、モノへの依存度が高まり不安がどんどんと大きくなっていきます。
幸せに生きるために、本来やるべきことはモノが無くなっても暮らしていける人脈や知恵を身に付けることです。
そのためには「いつか使うかもしれないモノ」を処分して「使うモノ」と「必要なモノ」だけで生活する練習を積み重ねていくことが必要です。
モノを溜めこんでいる原因が未来への不安であることを理解し、それを改善したいと自分の中でマインドが変わらない限り、モノを持っていようが捨てようが幸せになることはありません。
持っているモノの中でも捨てにくいのは、過去に恋人からもらった手紙やプレゼント、家族や友達と撮った写真などの思いで品です。
それらは全て過去のモノです。その時のあなたに大切な経験を与えてくれた時点で十分に役目を果たしています。
それらのモノが無くなったところであなたの過去は無くなりません。
それでも過去のモノをとっておこうとするのは過去への執着でしかありません。
そういったモノは気持ちを「あの時はよかった」という過去に向かわせて、未来に向かう動きを足止めします。
思い出品を捨てられず持っているということは、過去に対する執着の具現化です。そういったモノを持っていれば持っているほど「現状がダメだ」と思っても変えれない人になります。
今の仕事を続けてても幸せになれないことは感づいているけどそのままズルズルと続けている。過去の彼氏や彼女のことを何年間も引きずっている。
という人たちです。こういった過去に執着している人が幸せになることはありません。
幸せになるために必要なのは、過去の思い出に「あの時は幸せをくれてありがとう」と感謝し別れを告げることです。
そこで初めて過去の出来事があなたにとっての過去となります。そうしてようやく、現在に向き合い未来に向かって歩き出せるようになります。
人は、本心から好きなモノは幼少期に形作られ時が経っても変わることがないという性質を持っています。
「三つ子の魂百まで」というように、人にはその人個々人が持って生まれた性格や、決して変わることのない幼少期の経験(過去)があります。
好きなモノや大切だと思うモノの根っこの部分もこれと同じで年をとり大人になっても、老人になっても変わることがありません。
ところが生きていく中で「過去への執着」や「未来への不安」に駆られ、余計なモノをどんどんとため込んでいきます。そして自分の本当に大切な根っこがどんどんと見えなくなっていきます。
自分に大切なモノが何か見えない状態なので更に不要なモノを増やし、物理的にも精神的にも要らないモノに埋もれていきます。
それが、モノが溢れているのに、次から次へと新しいモノが欲しくなったり、幸せだと感じられない理由です。
では自分にとって必要なモノを見つけるには、どこか遠くに探しに行く必要も、新たにモノを買い足していく必要もありません。
ただ身の回りから不必要なものを捨てていくことです。今、自分が持っているモノと丁寧に向き合い、要らないモノを減らしていくだけです。
自分が持っているものと向き合うとは過去の自分と向き合うことです。あの時に愚かだった自分、失敗して購入してしまったモノ、そういうモノ一つ一つと向き合い、過去の出来事を過去として受け入れていくことで、ようやく必要なモノが見えてきます。
あなたにとって必要なモノをあなたは既に持っています。それが見えて初めて、未来に必要なモノも見えてきます。
自分に必要がないモノとは、全く使わないモノ、たまにしか使わないモノ、本当は納得していないモノです。
例えば、たまに使うモノでも、本当は黒色が欲しかったのにしょうがなく茶色を買ってそれを使っているというマインドがある場合、その洋服はあなたの人生に幸せをもたらしていません。
そういうモノは「学びをくれてありがとう」と感謝して捨てるべきです。
そういったあればたまに使うモノを処分することで、本当に使うモノがより際立ちます。
持っているべきモノは「誰が何と言おうとこれが好き!」「これを持っている自分が大好き!」と迷いなく言い切れるものです。
他人が「こんなの要らないでしょ」という否定や批判は関係ありません。
逆に、他人が「それ凄くいい!」「大好き!」と言っても、あなたがそこまで好きになれていないのであれば捨てるべきです。
モノと向き合うことは「いつか時がきたらやる」「自然とそうなる」というものではありません。「今向き合う」と覚悟を決めない限り永遠に向き合う日は来ません。
なぜなら、買ったモノが自然に無くなっていくことはないからです。例えば過去に購入した洋服は何も行動を起こさない限りずっとクローゼットの中に入っています。
引き出しに入っている写真も同じです。何もしなければずっと引き出しの中に入っています。
確実に言えることは「向きあうなら可能な限り早く向き合った方がいい」ということです。
モノと向き合わなければ自分の根っこが見えてくることはなく、どんどんと不必要なモノが溜まっていきます。
そして、溜まれば溜まるほど向き合うことが物理的にも精神的にも難しくなっていきます。
逆に、早くに向き合っておけば、そののちの人生が自分の大切な根っこが見えた人生になるので、限られた寿命の中で幸福に生きている時間を長くすることができます。
人の人生は選択の連続です。どの大学に入るか、どこに就職するか、誰と結婚するか、子供を何人つくるか、家を買うか、車を買うか、行動のすべてに選択があるといっても過言ではありません。
もちろん自分に合わない選択など間違った選択をすればどんどんと不幸になっていきます。
自分にあった選択をする決断力は幸せに生きる上で必須の能力です。
大切な決断力を磨いてくれるのがモノを捨てることです。なぜなら、モノを捨てるとは自分の過去と向き合い判断を下すことだからです。
逆にいうとモノを溜めこんでいる人は、決断力を磨くチャンスを逃している人です。決断力が磨かれない結果モノが溜まっています。
私たちが思っている以上にモノは必要ないものです。
1日の暮らしを見てみても使っているものはルーティン化されていてほぼ決まっています。それで普通の暮らしが遅れているということは、それ以外のモノは無くてもいいモノということです。
「いつか使うかもしれない」「何かあった時に必要になる」と考えてモノを溜めこんでいる人がいますが、そういう未曽有の危機的状況では「モノがないと何もできない」というマインドよりも「今あるモノでなんとかできる」というマインドの方が役に立ちます。
究極は「今あるモノがなくなったとしても何度でも再起できる」というマインドです。
そういった自信を身に付けるには、普段からモノに囲まれない暮らしを続けて経験を積み重ねていく以外に方法はありません。
モノを捨てることはそのように自信を生み出してくれるだけでなく、時間も生み出してくれます。
モノが無いと生きていけないというマインドがなくなれば、ショッピングにかける時間がなくなります。
家の中がシンプルになれば、モノを探す時間もなくなります。「今日はどれを着ようかな」と迷う時間もなくなります。
「忙しい!」「時間がない!」と叫んでいる人がいますが、それはあなたが余計なモノで囲まれているからです。
正しくモノを捨てることで余裕のある暮らしを手に入れることができます。
自分が要らないモノを捨てられて、適切な量のモノで暮らせているかどうかは簡単に調べることができます。
その方法は「家に感謝できるか?」を自分に問いかけることです。
身の回りがモノで溢れかえり、時間がなく、物理的にも精神的にも余裕がない状態だと、人は感謝することができません。
特に、そういったモノを溜めこんでいる家に感謝することは難しいです。
逆に、身の回りに自分が必要としているモノしかない場合、家は自分の幸せなモノだけを溜めこんでいる場所になります。
このような状態であれば、家に挨拶や感謝するのも自然とできるようになります。
他にも、自分が好きなモノだけで囲まれていれば、その着た洋服や靴にも感謝をすることができます。
家や感謝できるようになった後の究極の形は他人の家に上がったときに、その家に挨拶ができることです。
家に対して心の中で、名前、住所、職業を伝え挨拶をします。自分の家を含め他人の家もここまで大切に扱うことができれば、心も満たされて満足している状態です。
もちろん片付けや捨てることが人生のメインではありません。片付けや捨てることは自分らしい充実した人生を歩むための最初の入り口にすぎません。
埋もれていた自分にとっての大切な根っこを見つけ出し、本当に必要で「大好き!」と迷いなく言い切れるものだけに囲まれて生きる。
そのための手段が捨てることです。
本当の人生はモノを捨てた後に始まります。
この内容は近藤麻理恵さんの「人生がときめく片付けの魔法」を参考にしています。
人生を豊かにしてくれる素敵なヒントが詰まった素晴らしい本なので、気になった方はぜひ読んでみてはいかがでしょうか。
▼【本】 人生がときめく片付けの魔法 (改訂版)
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