世の中には感情的に高ぶってしまう人がたくさんいます。ちょっとしたことでカッとなって怒鳴り散らしたり、ヒステリックになり暴力をふるう人までいます。
異性と二人きりになったことで、それまで保っていた理性が弱まり衝動のままに行動してしまう人も少なくありません。
そういった人たちは理性が弱いのでしょうか?
体の中から沸き起こる感情と論理的に考える理性については昔からたくさんのことが言われてきました。
ここでは「感情」と「理性」の関係についてまとめています。
「厳格な人」や「尊厳のある人」をイメージしてください。と言われたらどういう人を思い浮かべるでしょうか?
感情にほだされることなく、頭でしっかりと考え自分を律して生きている人がイメージされます。チャラチャラした人や軽い人の真逆です。
子供が感情を爆発させるように、感情をコントロールできない人は劣っているという考えがあります。
世界の精神分析学の創始者と言われるジークムント・フロイトは感情と理性(自我)の関係を次のように語っています。
感情は自我と超自我でコントロールされている。
つまり、思考や理性がはっきりしていれば感情を100%コントロールできるという考え方です。
感情はマグマのように熱く、それを冷えた理性で抑え込むということです。
合理的でない間違った行動が起こるとすれば、それは理性で感情を抑え込めなかったときということです。
最近の研究では感情に対する見方が変わってきています。感情はマグマのように沸き起こる抑えきれない熱いものではなく、ある決められた出来事に対して自然的に発生するという考え方です。
感情を理性でコントロールできるのであれば、賢い人や理性が強いと見られる人たちは過ちを犯さないはずです。
ところが、世の中では多くの権威ある人たちの失態がそこかしこで報道されています。
つまり、マグマのように沸き起こる感情を、冷たい理性でコントロールしようとすること自体に間違いがあるということです。
そこには私たちヒトが本能として持っている性質が絡んでいます。
「魅力的な異性を見る」→「性的に興奮する」→「正確な判断ができなくなる」というのは、良い悪いではなく、人とはそういう生き物なのです。
「明日から30日間毎日10万円もらう」のと「明日は2円、明後日は4円というように毎日倍にした金額を30日間もらう」のはどっちがいい?と聞かれると後者がいくらもらえるのか直感的にわからず、前者を選ぼうとするのが人です。(なお、後者はトータルで21億円になります)
人にはこのような性質が山のようにあります。それは感情がマグマのように沸き起こったから選択ミスをするのではなく、ある出来事があると特定の考え方をしてしまう生き物ということです。
感情がマグマのように沸き起こるのではなく、水を冷やせば氷になるのと同じくらい機械的に発生するということです。
つまり、感情こそ「冷たい」ものです。
つまり、湧き上がるマグマの感情を理性で押さえようとするのではなく、感情が発生するトリガー自体を取り除くことが正しい行動になります。
日本は世界でも稀にみるほどの自殺やうつ病大国です。たくさんの精神病患者がいます。そしてその数は年々増え続けています。
精神病患者が増える理由の一つに、自分の中で生まれる感情を悪とし、無理やり抑え込もうとしていることが挙げられます。
「感情は理性でコントロールできる」あるいは「そうすべきだ」と考えている人たちが犯す過ちです。
明治時代にハーバード大学に在学したスーパーエリートで一世を風靡した有名小説家の有島 武郎(ありしま たけお)がいます。
有島 武郎はキリスト教を信仰し、禁欲こそが正しき道だと信じ込みました。そして女性と性的な行為をしないことを公に公表してきました。
性欲という自然発生的に起こる感情を無理やり理性で閉じ込めてきました。
しかし結果として、既婚の女性と不倫し、それが発端となり周りの関係性がこじれ自殺するにまで至っています。
私たちヒトは性欲があって当たり前の生き物です。なぜなら200万年間もの長い期間を過酷な地球環境の中で生き残るためには子孫を残す能力に長けていなければいけません。
私たちは、子孫を残すことに長けてきた動物の子孫です。そんな私たちに強い性欲が備わっているのは当たり前にも関わらず、感情を理性で押し込めることがいいことだと勘違いしたために、最終的に自殺という結果にいたっています。
性欲は強い欲求の一例にすぎませんが、私たちにはある決まったトリガーで感情が沸き上がるようにできています。
発生して当然のものを無きものにしたら、矛盾が生じておかしくなってしまいます。