損失回避とは人が新たにモノを手に入れるよりも、既にあるモノを失うことを恐れる性質のことです。
これは、人がモノを得る喜びと失うショックを比較すると、失うショックの方を大きく感じるために生じる行動です。
もらう喜びよりも失うショックが大きいのは実験でも証明されていますし、私たちの感情を思い浮かべてみても簡単にわかります。
たまたま親戚の家に行ったときに「1万円あげるよ」と言ってふいに1万円くれたらもちろん嬉しくなります。
「ありがとう!」と伝えてニコニコして帰ります。
では帰る途中に1万円落としたらどうでしょうか?「あれ、あれ、あれ」と言って洋服のポケットをひっくり返し、帰る途中の道筋をすべて思い浮かべ、来た道を戻るかもしれません。
1万円失ったことをとても悲しむか、なんで落としたんだ!と怒り狂うかもしれません。
ですがもらったのも落としたのもどちらも1万円です。そして、落として失くしたのは貰う前の状態に戻っただけにすぎません。
それでも「1万円を失くした」という感情は色濃く残ります。
人は持っているモノの価値を高く見積もってしまうという性質を持っています。これが損失回避にも大きく影響します。
ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンがマグカップを使った実験をしています。
ランダムに選んだ学生に対する実験で、通常600円で販売しているマグカップを使っています。
学生を2つのグループに分けて、一方にマグカップをあげました。もう一方はなにも持っていないグループです。
マグカップを持っているグループに「いくで売るか?」と聞いたところ、その答えは平均で「712円」でした。最低でも「525円」でした。
一方、マグカップを持っていないグループに「いくらなら買うか?」と聞いたところその平均は「287円」でした。
ただでもらった(寄付)されただけにもかかわらず、そのモノの価値は元の値段よりも高くなり、更に、持っていない人が考える価値との差は2倍以上になりました。
人には「所有するかどうか」だけで、モノの価値が大きく変わる性質があることを証明しています。
デューク大学で行われた実験にバスケットボールのチケットの所有効果による価値の違いを調べた実験があります。
デューク大のバスケットの試合チケットは超人気で、チケットを手に入れるための抽選券を得るために何日も泊まり込みでする人もいます。
何日も泊まり込みをし抽選券を得たものの、抽選の結果外れてしまった男性に「1枚手配できるかもしれないが、いくらなら買うか?」と持ち掛けたところ、「最大で1万7500円。それ以上は1円も出せない」という回答が得られました。
一方、抽選でチケットを得た男性に「いい話があるんだが、いくらならチケットを売ってくれるかい?」と持ち掛けたところ、「最低でも24万円」でした。
他の人にも同様の調査を続けたところ、同じ一つのチケットにも関わらず、その価値は平均で持っていない人は「1万7千円」、持っている人は「24万円」でした。
実に14倍、20万円以上の価値づけの差があることがわかりました。
「もらう喜びよりも失うショックが大きい」「持っているモノの価値を高く見積もる」という心理の結果、人は本能的に損失を回避するように行動します。
「うちの社員は挑戦心がない」といった言葉を聞くことがあるかもしれません。これは人の損失回避の本能が機能しています。
仕事で挑戦することはメリットとリスクの両面をはらんでいます。挑戦して成功すればインセンティブがもらえたり昇格できるかもしれません。
しかし、失敗すると職を解雇され、失敗者というレッテルを貼られるかもしれません。
ちょっと賢く合理的な社員であれば、挑戦するデメリットの方が大きいと判断します。
その結果、挑戦しないという選択を選びます。
既に損失が出ている株をなかなか売ることができない人も損失回避の犠牲になっています。
明らかに株価が下がっていてこれから更に下がることがほぼ確実にも関わらず、利確して明確な損失となることを恐れてそのまま放置してしまいます。
これは人にとって損失による痛みが大きいために発生します。
付き合っている彼氏・彼女に既に愛情をさほど感じていなく、むしろうっとおしいと思ったり被害を被っているにも関わらず付き合い続けている人たちがいます。
こういった人の心理は別れることで、今持っているモノを失うことを過剰に恐れるために発生します。
その人と付き合う前は、その人がいない生活をしていたのにも関わらずです。
他にも「もったいなくて捨てられない」「転職が不安」という人たちもみな損失回避の本能の罠にはまっている人たちです。
損失回避の例をみると挑戦を妨げたり、新しい発見や旅立ちを邪魔していることがわかります。
ときに賢く幸せに生きるために損失回避は足枷になります。
それにも関わらずなぜ損失回避という本能が私たちに備わっているのでしょうか?それは、狩猟採集時代を生き延びるためになくてはならない必須の能力だったからです。
人にとって「得る」「失う」の究極の状態を考えてみます。
「得る」はやりたかったことができたり、食料や異性が十二分にある状態です。
一方「失う」は半身不随になったり、手足を失ったり、失明したり、最悪の場合死んだりします。
人が生きるという観点から見ても「得る」よりも「失う」方が特に注意しなければいけないものです。
自分たちよりも大きくて狂暴な動物や毒を持つ危険な生き物が潜んでいたり、穴や岩など大けがを負う可能性があちこちに転がる狩猟採集時代は、損失回避する=生き延びることでした。
損失回避能力が弱くて、損失を回避できなかった人たちは死んでいきました。
ここから2つのことが言えます。
損失回避の本能は決して悪いものではありません。損失回避が備わっていたからこそ人が生き残ってこれたともいえます。
狩猟採集時代に必須能力であった損失回避は、現代では足かせになりつつあります。
もちろんテロや地震など損失回避が大いに役立つときもありますが、日常の中では損失回避が役立たない場面の方が多くあります。
特に損失回避に捕らわれている人は、資本主義社会では大きな損をすることになります。
私たちが損失を怖がるのは仕方ありません。そういう生き物です。
それを理解した上で論理的に判断することが今の世の中を上手に生きていくための必須スキルとなります。
損失効果はマーケティングに活用できます。
人が持つ損失効果(損失を怖がる性質)をフル活用しているのが「保険」です。
「保険にはいっておかないともしものときに大変なことになりますよ」と言われて恐怖を感じる多くの人が保険に加入しています。
「自動車保険に入ってないともしもの時に大きな損害を被りますよ」
「旅行保険に入っていないともしもの時に大きな損害を被りますよ」
「医療保険に入っていないともしもの時に大きな損害を被りますよ」
などなど、キリがありません。
がんなどの医療系の検査を促進する広告を出すときも損失効果を活用すべきです。
次のAとBのキャッチコピーを比べると一目瞭然です。
A「定期的にがん検査を受ければ、早期発見ができ治療することができます」
B「定期的にがん検査を受けないと、早期発見できず治療が不可能になる可能性があります」
Aは「~できる」ことをアピールしているのに対し、Bは「~できなくなる」ことをアピールしてます。
二つの広告を配信した結果、より検査を受ける人が集まるのはBです。
この記事のスイスの有名起業家 ロルフ・ドベリが記した「Think right ~誤った先入観を捨て、よりよい選択をするための思考法~」の一部抜粋と要約です。
人が陥りがちな思考の罠がとてもわかりやすくまとまっています。この記事の内容以外にも全部で52個の人の性質がわかりやすい具体例で解説されています。
この記事の内容でハッとした部分が一つでもあった方は是非手に取ってご覧になられることをお勧めします。
あなたの人生をより賢く豊かにしてくれることは間違いありません。