私たちには良心があります。子供の頃から親や学校で教え込まれ「やっていいことと」「やってはいけないこと」を知っています。
お金を盗むことはいけないことです。そのことはもちろんみんなわかっています。ですが多くの人が物ならもらっても構わないと考えています。
ここでは、対象がお金とモノの場合で人の行動がどう変わるかについてまとめています。
会社には備品が置いてあります。その中に社員が自由に持って行っていい消しゴムがあったとします。
子供が「消しゴムが終わりそうだから、新しいのちょうだい」と言ったら、あなたは会社の備品の消しゴムを1個もらって子供に渡すでしょうか?
おそらく多くの人が備品の消しゴムを一つ頂戴することにはあまり罪悪感を抱きません。
もともと自由にとっていっていいものですし、何より一生懸命働いています。消しゴム1個ぐらい持って行っていいと考えます。
では、備品置き場に消しゴムが空で、その代わり、その横に消しゴムが買えるだけのお金が置いてあったらどうでしょうか?
お金をもらって文房具屋に行って消しゴムを買って子供に渡すでしょうか?
おそらく多くの人がそれをしません。盗みや罪悪感を感じるためです。
アメリカの著名な行動経済学者 ダン・アリエリーは学生寮で次のような実験を行いました。
学生寮にこっそり入り冷蔵庫の中にコカ・コーラの缶と1ドル札を乗せたお皿を置いておきます。そして定期的に冷蔵庫の中を確認します。
結果として、コカ・コーラの缶は平均して3日間の間になくなってしまうのに対し、1ドル札はずっとそのままでした。
これは人が物はしれっと盗むが、現金は盗んではいけないと考えていることを示しています。
なおアメリカのコカ・コーラ1本の価格は約1.5ドルなので、1ドル札よりも価値があるものになります。
ダン・アリエリーは人がお金とモノに対して感覚が異なっていることを確かめるために他にも次のような実験を行いました。
学生に20問の簡単な問題を解いてもらい、1問正解するごとに50円の報酬を渡す場合と、50円分の引換券を渡す場合です。引換券は少し先の引換所で50円と交換することができます。
回答と報酬の組み合わせは次の3つです。
条件2と3は不正ができる状態です。自由に水増しをすることができます。回答の平均値からそれぞれの条件でどれだけズルが発生したかを見るのが目的です。
実験結果は次のようになりました。
条件 | 平均の正解数 |
---|---|
回答用紙を提出してもらう(不正ができない) | 3.5 |
回答用紙は提出せず、自己申告で答える。報酬は現金。 | 6.2 |
回答用紙は提出せず、自己申告で答える。報酬は引換券。 | 9.4 |
この結果より、報酬が直接的な現金の場合はほんの少し水増しする人がいるだけですが、報酬が現金以外になったとたんにズルする量が大幅に増加するということがわかります。
特に、この実験の中で明らかに不正だとわかる回答をした人が24人いました。その全員が報酬が現金ではなく、引換券のグループでした。
引換券を報酬としてテストしたのは150人だったため、約16%が明らかな不正をしたことがわかります。
この人間心理は不正会計が多発する理由にもつながります。会社のお金を実際に盗むことはほとんどの人がしないものの、上司や外に報告するときには数値を水増ししがちになるということです。
現金を盗むことに対しては道徳心が働きますが、紙面やデータの数値をちょこっと変えることにはそれほどの道徳心が働かないということです。
損害保険や旅行保険では、モノを紛失したり盗まれたら保険がきいてお金が戻ってきます。
ある調査で申請された内容は10%ほど水増しされていることが報告されています。
例えば、27インチのテレビを失った人は、32インチのテレビを失ったと申請し、32インチのテレビを失った人は36インチのテレビを失ったと申請します。
保険会社から直接お金を盗むことはしませんが、虚偽の申請で間接的にお金を盗む傾向があるということです。
現金でないものは基本的に水増しされます。会社の制度で通勤補助がある場合は、実際に使っているルートよりもちょっと高くつくルートを申請する人が多くいます。
経費報告書も実際にかかった経費や時間よりも少し水増しされて報告されます。
いずれも直接現金をもらうものではなく、書類や申請内容を元に間接的にお金が支払われるためです。
そういった申請をした人たちは「悪いことをしている」というより、「自分は賢い」と思っていることの方が多いです。
人はズルや水増し報告をする生き物なので、こういった行為は仕方の無いものなのかもしれません。
ですが同じく人が持つ性質を使えばズルや水増し報告を防ぐことができます。
ダン・アリエリーの行った実験で、ズルができるテストにおいて、モーゼの十戒をできる限り書き出してもらった場合、そうでないグループと比較して、十戒を書き出したグループはズルをしなかったことが明らかになっています。
つまり、直前に脳に描いたイメージがその後の行動にも影響したということです。
この性質を使うと、事前に警告の情報を伝えることでズルや水増し報告を抑制することができます。情報の伝え方は口頭でも張り紙でも、申請用紙に書いておくのでもかまいません。
申請をする直前に警告の情報に触れさせることが重要です。
この記事の内容はアメリカの著名な行動経済学者 ダン・アリエリーの「予想通りに不合理」の内容の一部抜粋と要約です。
人が犯しがちな判断ミスを行動経済学という観点から紐解いたものです。ユーモアを交えた文体でとても読みやすく新たな発見がたくさん詰め込まれています。
この本を読んだことがあるかどうかで今後の人生の行動が変わってしまうほどのパワーを持ちます。
気になった方は是非手に取って読んでみることをお勧めします。