この世のありとあらゆるものには値段がついています。価格は安いものから高いものまで様々です。
ですが、オークションでは1枚の絵画に300億円の値がついたり、1台の自動車に70億円もの値がついたりします。
一方で、1円にもならない絵が存在すれば、1万円の値がつけば高いとされる絵もあります。
1台1万円で動いて使える中古車が手に入ることもあれば、300万円の新車もあります。
また全く同じものでもある地域では安く、別の地域では高いということがあります。
例えば、ユニクロは日本では格安洋服販売店ですが、中国などに行くと関税の影響もあり高級洋服店の部類に入ります。
みそ汁は日本で買えば1杯40円程度で買えますが、海外で買おうとすると200円ほどするときもあります。
なぜこれほどまでに価格に差があるのかといえば、そこには「実際のモノの価値」と「希少性による価値」の2種類の価値が存在しているためです。
物の価値がどのように決まるかを調べた実験に、アメリカの心理学者 ステファン・ウォーチェル(Stephen Worchel)らが行ったクッキーを使った実験があります。
実験の内容は簡単で、被験者を集めて、チョコチップクッキーを渡し、試食してもらいます。そして、そのクッキーを「また食べたいと思うか」「商品として魅力的か」「高級感があるか」「美味しいか」という観点で評価してもらいます。
ポイントはクッキーの渡し方で、被験者を4つのグループに分けてそれぞれ異なる渡し方をします。
全て同じクッキーにも関わらず、結果は明らかな違いを生みました。
最も魅力的だと評価されたのは、「クッキーが思いがけず好評で足りなくなってしまったので他の参加者に渡さなければいけない」という社会的な需要により元々あったものが少なくなった場合でした。
次に魅力的だと評価されたのは、手違いにより、元々あったものが少なくなった場合でした。
その次は、最初から少ない場合、そして、最も魅力度が低かったのはもともと量が多いものでした。
つまり、私たちは食品の「魅力」や「高級感」を評価するときに、味だけ評価しているのではなく、入手しにくさや周りがどれだけ求めているかが評価に大きく影響しているということです。
多くの人々は物の価値に「実際のモノの価値」と「希少性による価値」の2種類があることを理解していません。
そして、この2つの価値を混同しています。「希少なモノ」=「モノとして価値がある」や、ときには「モノとして価値がある」=「希少なモノ」という勘違いをしている人も少なくありません。
ステファン・ウォーチェルの行ったクッキーの実験で最も重要なことは、どの場合もクッキーの味は何一つ変化していないということです。
人々はクッキー自体の価値を評価したのではなく、希少性を評価し、それをクッキーの価値だと考えました。
そしてこの勘違いは全ての人に生じるためマーケティングや詐欺の手法として広く用いられています。
つまり、「実際のモノの価値」と「希少性による価値」の違いを理解していない人は騙される運命にあるということです。
ある個人で中古車販売を行っていた人は自分で中古車を購入し、「希少性による価値」を利用して価格を吊り上げてから転売し儲けるという手法を使っていました。
まずは新聞などの広報誌で低価格で売り出されている中古車を探しそれを買い取ります。そして洗車したり、部分的に修理をします。
そしてその車の買い手を見つけるために、新聞などに魅力的な広告を出します。
広告を見た人たちから車を買いたいとの電話がいくつかきます。ここからが彼の賢いところで、全ての人が車を見に来る時間を同じ時刻に設定します。
最初に訪れた客は普通に中古車を見に行った人がするように、あれこれと車の外観や全体を事細かにチェックし始めます。
当日、車を見に来る人の心境は次のようなものです。
そして「ここが微妙だ」「ここに傷がある」「エンジン音が少しいびつだ」といったようにいちゃもんをつけて値を下げようとします。これはごく一般的なアプローチです。
そこに次の買い手が現れた瞬間に、車の値踏みをしている人の心境が一点します。他の買い手が現れたことで競争が始まり、車の希少性が上がります。
ここで最初に車を見ていた人が「ちょっと待ってくれ。俺の方が先に来ていたんだ」と競争心を出したら、もう、車は高値で売れたも同然です。
みんなの頭の中に「他の人もこの車を欲しがっている」という希少性がインプットされます。
仮に、最初の人がなかなか決めかねていた場合は販売主が2人に聞こえるように次のように伝えます。
申し訳ありません。こちらの男性が先にいらしたものですから、この方が車をご覧になられるまで、道の向こう側で2,3分ほどおまちいただけないでしょうか?
こちらの方がいらないと言われるか、決断が下せない時には、あなたにお見せすることにします。
このように伝えることで、最初に来ていた人は「他にも欲しい人がいる」「数分の時間制限」という制約が課され、基本的には言い値で買うようになります。
仮に、最初の人が買わないという決断をした場合、2番目の人はホッとして、それを買い求めるようになります。
このときのポイントは、その言い値が本当にその車の価値として妥当かどうかの判断ができなくなっているということです。
「これは先に来た俺のものだ」「他の奴に取られてたまるか」「2,3分で決めなければチャンスはなくなる」という感情で支配され、最初車を買いに来る前に考えていた思考は簡単にどこかへ行ってしまいます。
もし、その人の中で「この車はこの価格に値する」という確信がとれていれば問題ありません。
ですが、そうでない場合は「実際のモノの価値」と「希少性による価値」を混同し損をすることになっています。
クッキーと同じく車など何かモノを買う時に心にとどめておくべきことは、「時間制限が切られ、みんなが欲しがってもモノの価値は変わらない」ということです。
どんなにみんなが欲しがっても「ここが微妙だ」「ここに傷がある」「エンジン音が少しいびつだ」といったマイナス面が治るわけではありません。
逆に欲しがっている人が他にいなかったとしても「乗り心地がいい」「運転しやすい」「振動が少ない」といったことも何一つ変わりません。
「希少性による価値」と「商品自体の価値」は全く異なるものです。
賢い企業やセールスマンは商品自体の価値だけではなく、希少性や時間制限を巧みに織り交ぜてきます。
後から「こんなはずじゃなかったのに」と後悔しないためには、「希少性による価値」と「商品自体の価値」は全く違うものだと理解し、そして「競争心や焦りが芽生えた時点で、もはや正常な判断はできない」ということを知らなければいけません。
希少性による価値が訴えられた時に、手を引くことは損した気持ちになるかもしれません。
「ここで手に入れられなかったら、二度と手に入れられないかもしれない」という恐怖心が必ず働きます。
これは、頭がいい悪いや理性が強いといったことに関係なく、私たちヒトの本能として無意識におこる感情です。
このような気持ちが働いたときは、次のように思考することで自動で発生する感情を抑制することができます。
今までなくても生活できたということは、当面なくても生活をすることができる。
本当に有用なものだったら世の中に広く出回るし、今後も必ず手に入れるチャンスがある。
希少性の価値に騙されたら、お金を失うだけでなく、自分の物の価値を判断する目が曇る。
自動的に発生してしまった感情を優先して、是が非でもそれを手に入れようとするか、それとも、たとえ損することになったとしても一旦手を引いて賢いタイミングが来るまで待つかはあなた次第です。
くれぐれも、詐欺にひっかかったり、オークションにハマって気づいたら巨額の損失を出し、全財産を失っていたということがないようにすることが大切です。