1948年に朝鮮半島で共産主義を押す北朝鮮と、資本主義を押す韓国の2つが戦争を起こしました。
その裏には共産主義のロシア、中国対、資本主義のアメリカ、日本といった構図がありました。
その戦争の中で多くのアメリカ兵が中国に捉えられました。
アメリカ兵は共産主義を憎んでいる人たちです。それゆえ戦争を起こして撲滅しようとしています。
ところが、中国に捉えられたアメリカ兵の中から続々と中国に協力したり、共産主義を受け入れるような主張をする人が現れました。
本来、人が持つ宗教観などの抽象的で具体的な形のない思想を変えることはとても難しいことです。ところが中国はそれをやってのけたのです。
ここでは、中国がどのようにしてアメリカ兵の思想を変えたのかについてまとめています。
一般的に捕虜に行動や思想を変えさせたり、何かを吐かせようと思ったら縛り上げてムチで何度も叩きつけたり、椅子に縛り付けて電気ショックを与えたり、針やナイフを刺したり、脅したりという方法が考えられます。
ところがアメリカ人捕虜に対する中国の方針は「寛容政策」というもので、拷問などの暴力をしないというものでした。
それにも関わらず、捕まったアメリカ人たちは敵に対して協力的になり、脱獄計画があればそれを密告したり、軍事情報を漏洩したり、相手の依頼に答えるということをしました。
敵である中国に協力したからといって決してアメリカ兵がやわだったわけではありません。
アメリカ兵は自分たちの名前、階級、認識番号以外は何も漏らしてはいけないと訓練されていました。
中国はそういった屈強な兵士に対して暴力行為をせず巧みな心理作戦を用いることで、敵対者から協力者へと変えていきました。
その手法はとても簡単で「小さいイエスから始める」ことです。
小さいイエスとは例えば「アメリカは完全な国ではない」「共産主義国では失業問題は存在しない」という明らかな事実に対して「そうだ」と言わせることです。
機密情報を漏らしたわけでも、嘘をついたわけでも、密告したわけでもありません。ただ取るに足らない当たり前の事実に「イエス」と答えただけです。
一度小さなイエスを引き出すことができたら、同じような小さなイエスをどんどんと積み重ねていきます。
「アメリカは完全な国ではない」に対して「イエス」と答えた兵士に、「どういった点で完全ではないと思うのか?」という質問をします。
これは、アメリカは完全な国ではないことを意識づけるためのイエスを積み重ねることです。
そして、次にその内容を紙に書き起こし、その紙にサインをするように求めます。
自分が思っていることを言っただけで、極秘情報などはなく多くの人が思っていることなので「特に問題はない」と判断し、アメリカ兵はそこにサインをします。
次に、捕まっているアメリカ兵の討論会の場を作って、そこでそのリストを読み上げるように依頼します。
渋っている兵士には次のように告げます「いいじゃないか。だってこれは君が思っていることなんだろ?」と。
まさにその通りで、決して中国側が無理やり書けと押し付けたものではありません。あくまで自分の意志で述べた自分自身が思っていることです。
アメリカ兵は「確かにその通りだ」と考え討論会の場で自分の意見を読み上げます。
その後、自分自身の意見を述べたリストをもとに、もっと詳しい内容の作文を書くように依頼します。
そして、自分の収容されている収容所と他の捕虜収容所内で流れるラジオで、その作文の書いた人の名前と作文の内容が読み上げられます。
そこでようやく自分が中国の協力者になってしまったことに気付きます。
一度、中国側の協力者になってしまったことを自覚した人は、その後も協力者として動くようになります。
ポイントは中国は一度も「秘密を吐け」「我々に協力しろ」と言っていないということです。それどころか、ごくごく小さな4つの依頼をしただけです。
小さな承諾が、大きな承諾へのはずみ車になる。
中国は小さいイエスを積み重ねる以外にも「書かせる」ことで生じる心理的な力を上手く利用しました。
「自分はアメリカ軍で共産主義や中国軍には強力しない」というのは強力な思想です。
書かせることにはそういった強力な思想や自己イメージを変える力があります。そこで中国はアメリカ兵に対して次のような依頼をしました。
「これから我々が話す内容を静かに聞き、それを紙に書き留めて欲しい」
自分の意見として書き出すわけではなく、ただ言ったことをそのまま書き写すという簡単な作業です。
まず質問を書かせて、共産主義的な回答を書かせるという方法もとられました。
聞き取って紙に書きうつすことを拒んだアメリカ兵には、譲歩としてすでに答えが書かれているノートをただ書き写すように依頼しました。
アメリカ兵からすればただ書いてあることを書き写すだけなので何の害もない依頼だと感じ書き写しました。
本心とは関係ないことをただ書き写しただけにも関わらず、なぜその行動に思想や自己イメージを変えるほどの力があるのでしょうか?
それは口頭で復唱するのと違い、書いたものは自筆の文字が証拠として目の前に残るためです。
その結果、無意識のうちに自分が書いたことと一貫性のある行動をとる心理作用が働きます。
中国は書かせることがいかに強力な心理作用を及ぼすかを理解していたため、次のような巧みな戦略を行いました。
一つ目は「共産党に賛成している記述があれば、その手紙を送ることを許可する」というものです。
アメリカ兵は母国の家族に自分の無事を伝えたいと願っていました。しかし、書かれた手紙のほとんどは中国が検閲して収容所から外にでることはありませんでした。
中国はこの手紙は送れないということを、それを書いたアメリカ兵に伝えていました。
その代わり、共産党のことに共感したり賛成した内容が含まれた手紙は送りださせるようにしました。
こうしたことで、アメリカ兵たちは自分たちの手紙に本心ではそう思っていないとしても通過率を上げるために、共産党に賛成した内容を含めました。
二つ目は「タバコや食料を景品にして作文コンテストを開く」というものです。
物資が限られた捕虜収容所においてタバコ吸う本やちょっとした食料はアメリカ兵たちが何としてでも手に入れたいと思うには十分な景品でした。
景品をエサに強制ではない自由参加型の作文コンテストを開催したのです。
更に中国が賢かったのは、全面的に共産党を称賛している作文でなくても優勝するようにしたことです。
基本的な趣旨はアメリカを称える内容でも、その中に1つか2つ共産党に賛成する内容があれば、そういったエッセイも入賞できるようにしました。
結果として、アメリカ兵は積極的にコンテストに参加するようになりました。
中国の巧みな心理戦略は「小さなイエスの積み重ね」「書かせる」だけではありません。書かせたことを「公表する」ことがいかに強力かを理解していました。
中国はアメリカ兵が書いた内容を他の捕虜たちがいる場所で読み上げたり、壁に貼って誰もが見られるようにしました。
作文のコンテストや討論会で自分の意見を読み上げさせたのも公表です。
更にはアメリカ兵が書いた作文の内容を、他の収容所内でも流れるラジオで読み上げました。
アメリカ兵が家族に宛てた手紙で、共産党を称賛する内容が書かれた手紙を世に送り出したのも公表です。
「公表」することがどうして強い力を持つのかについては2つの理由があります。
「公表」のもつ1つ目の力は「見た人は、その内容が書いた人の意見だと信じ込む」ということです。
アメリカ兵はただ聞いた内容を書き起こして欲しいと言われたり、ノートを写したり、手紙を通しやすくするために軽いウソを織り交ぜただけです。
本人は「自分の意志ではない」と思っています。
ですが、その文章を見た人の反応は全く異なります。「書いた人がそう考えている」と考えます。
更に、人は何が正しいかの意思決定をする際に、他人の意見を参考にする強い傾向があります。
このため、その文章を見た人たちは「あの人は共産主義を支持しているのか」と考え、それが自分の意見にも影響を及ぼします。
手紙を受け取った家族も同じです。実際に最前線で闘っている家族が、その手紙の中で「共産党は悪いものではない」と書いていたら、これまで「共産党は憎い敵」と思っていたところに「共産党は悪いものではないのか」という考えがよぎるようになります。
「公表」のもつ2つ目の力は「書いた内容に沿った行動をするようになる」ということです。
人には「一貫性の原理」という性質があります。
一貫性の原理とは、自分が公表したり言ったり約束したことがあったら、無意識のうちにその言葉を守るように行動しようとすることです。
つまり、共産党に賛成する旨を少しでも示した人は、その後の行動が共産党を少し支持する行動をするようになるということです。
最初は少しでも小さなイエスが積み重なってくると、最終的には共産党に協力的な行動をするようになります。
人の心理に働く一貫性の原理を発動させるためには、次の4つの条件を満たす必要があります。
中国は4番目の「自分で選択する」という条件を満たすために巧みな戦略をとっています。それは作文コンテストの景品です。
中国側は「温かい衣服」「手紙を自由に出せる権利」「快適な部屋」など誰もがこぞって欲しがる景品を設定して、作文コンテストへの参加率を上げることもできました。
ですが、それをしませんでした。
景品として用意したのは数本のタバコか果物というごくごく軽いものです。景品が軽いためにアメリカ兵には「そんな少しの景品なら参加しなくてもいい」という選択権もありました。ここがポイントです。
つまり作文コンテストに参加するかどうかは自分の意志決定が働くということです。
参加者に「自分の意志でそれを選んだ」と思わせることで、逃げ道を塞ぐように仕向けていたわけです。
結果として、自ら作文コンテストに参加する意思決定をして、共産主義よりの内容を少し盛り込んだことで、参加者は知らず知らずのうちにそれを支持するような思想へと変わっていきました。
これまでの中国のやり方であるように、人の思想や行動を根本から変えさせるためには「脅してはいけません」。
脅しは一時的には効果がありますが、長期的な持続性はありません。脅す相手がいなくなればそれを守らなくなることがわかっています。
その人本人の思想を変えるためには次の人間心理を心にとめておく必要があります。
人は自分が外部からの強い圧力なしに、ある行為をする選択を行ったと考えたときに、その行為の責任が自分にあると認めるようになる。
つまり「誰かに言われた」「誰かに脅された」という状況では自分事にはならないということです。
中国のマインドコントロール戦略は実に巧妙で強力です。人間心理を先の先まで知り尽くした賢い人がいたことがよくわかります。
武力や暴力に訴える人たちはいますが、この手法は暴力や脅しを用いていないという点でも賢さを感じずにはいられません。
逆に自分がハメられる側だとすると抗うのは難しいかもしれません。
人の性質や心理は奥深くしかし単純で面白いものです。
この記事の内容はアメリカの有名な心理学者 ロバート・チャルディーニの「影響力の武器」の内容の一部抜粋と要約です。
現代のマーケティングで使われている手法が心理学の面から解き明かされ、たくさんの事例を交えてわかりやすい文章で記されています。
この本の内容を細かく知っているかどうかで、現代の市場に隠されているたくさんのワナにハマりカモになるのか、それを避けて利用する側に回れるのかが大きく分かれます。
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