アメリカの有名な心理学者にスタンレーミルグラム(Stanley Milgram)という人物がいます。心理学の世界では知らない人はいないほど有名です。
ここでは、スタンレーミルグラムの人物像と、彼が行った実験(ミルグラムの服従実験)の内容をわかりやすく解説しています。
スタンレーミルグラムは1933年にニューヨークでユダヤ人の両親のもとに生まれました。彼の両親は第1次世界大戦の影響を受けてルーマニアとハンガリーからアメリカに移住した人たちでした。
彼が6歳になるころに、ナチス ヒトラー率いるドイツがポーランドに侵攻を開始しました。この戦争をきっかけに、世界中を巻き込んだ大規模な第2次世界大戦へと突入していきます。
当時のドイツではヒトラーが「ユダヤ人こそ我々の敵だ、不幸の原因だ」と言って、ユダヤ人に対する虐殺を繰り返していました。
戦後にはナチスの強制収容所から生き延びた親戚が、彼らの元を訪ね一緒に暮らす生活を送っていました。
幼少期のこういった経験から、スタンレーミルグラムはユダヤ人として、なぜこのようなことが起こったのかを解明し共有することこそが自分の責任だと考えました。
そして勉学に励み、その後、アメリカの超名門ハーバード大学で社会心理学を学びました。
スタンレーミルグラムが行ったもっとも有名な実験は「ミルグラムの服従実験」と呼ばれるものです。
他にも「アイヒマン実験」「ミルグラム実験」と呼ばれることもあります。
スタンレーミルグラムが行った実験なので、実験の名前に「ミルグラム」がつくのはわかりますが、なぜ「アイヒマン実験」というのか?と疑問に思われた方もいると思います。
「アイヒマン」とはナチスドイツの元で数百万人のユダヤ人を強制収容所に輸送する責任者アドルフ・アイヒマンからきています。
そして、このアドルフ・アイヒマンこそが、ミルグラムが実験を行う理由になった人物だからです。
ナチス ドイツの元でユダヤ人大量虐殺の責任者の一人ともいえるアイヒマンですが、世間が思う「凶悪な人格異常者」とは全く異なっていることが明らかになりました。
彼は捕まる前に、奥さんとの結婚記念日に花を買うような心優しい人物でした。さらに裁判の中で、アイヒマンは人格に異常があるわけではなく、むしろとても真面目で平凡な公務員であったことがわかりました。
このような事実からミルグラムたちは「アイヒマンをはじめとし、大量虐殺などの凶悪な犯罪を犯したナチスの戦犯たちは、そもそも特殊な人物であったのか?ある条件下に置いては善良な市民も虐殺行為をするのではないか?」という疑問を抱きました。
そこで、服従をテーマとして次のような実験を行いました。
ミルグラムたちは一般的な人々を集めるために、新聞で1時間「記憶に関する実験」に強力すれば報酬が出るという広告をし、20~50歳までの男性40人を集めました。
その結果、小学校を中退した人や、大学の博士号をもつ超高学歴な人まで様々な経歴の一般市民が集まりました。
集まった人たちに「学習における罰の効果を調べる」と説明し、2人を「教師」と「生徒」という二人のペアとしました。
このとき生徒は実際の応募者ではなく、雇った役者が演じるように裏工作していました。
そして、教師役は生徒に与える電圧を操作するスイッチの前に座らされ、研究者の指示に従って電圧のスイッチを押していきます。
そのスイッチには軽い衝撃から、かなり危険な衝撃という表示が電圧と一緒に示されています。
生徒役の役者には電圧の高さに合わせた演技指示があり、その表情や動き、声がガラス越しに教師役に届くようになっています。(実際には電圧は流れていません)
ミルグラムたちの目的は、研究者という権威がある人の命令に教師役の一般市民がどこまで従うのかを調べるものでした。
なおスイッチの表記は次のようになっています。15Vずつ高いスイッチが設置してあり、生徒が問題に間違えるごとに、15V高いスイッチを押すように研究員から指示がでます。
途中途中の電圧には次のような但し書きがしてあります。
電圧 | ラベル |
---|---|
15V | 軽いショック |
75V | 中程度のショック |
135V | 強いショック |
195V | かなり強いショック |
255V | 激しいショック |
315V | かなり激しいショック |
375V | 危険:深刻なショック |
435V | — |
450V | — |
435V以上は相当に危険なことを暗示するため、敢えて表記はされていません。
なお、実際には流れない電圧をうけるフリをする役者には電圧に応じて次のような指示が出ています。
電圧 | ラベル |
---|---|
75V | 不快感をつぶやく |
120V | 大声で苦痛を訴える |
135V | うめき声をあげる |
150V | 絶叫する |
180V | 痛くてたまらないと叫ぶ |
270V | 苦しみの金切り声をあげる |
300V | 壁を叩いて実験中止を求める |
315V | 壁を叩いて実験への参加をやめると叫ぶ |
330V | 無反応になる |
生徒役の役者は、電圧に合わせて、壁を蹴って叫んだり、もがき苦しみ悲痛な声をあげるという実にいい演技をしました。
なお生徒役の役者に出されるクイズの内容は、「青い」→「箱」「野生の」→「鴨」というように、用意されたある言葉と対になった言葉を暗記してもらい、4択で正解を当てるというものです。
生徒役はサクラなので実際には答えを記憶していません。
なお、教師役の一般市民に対しては白衣を着た研究者から次のような指示が、教師役の反応に応じてなされます。
指示レベル | 内容 |
---|---|
1 | 続行してください。 |
2 | この実験はあなたに続行していただく必要があります。 |
3 | あなたが実験を継続しなければいけません。 |
4 | あなたに選択権はありません。実験は継続しなければいけません。 |
5 | 「責任は私たちがとります」「体に後遺症が残ることはありません」 |
実験の終了方法は次の2パターンです。
実験の結果は驚くべきもので、教師役の40人中26人(65%)が研究者の指示に従って、深刻なまでに危険とされる最大電圧の450Vのスイッチを押しました。
生徒役がもがき苦しみ、無反応になったあとでも、変わらず電圧を与え続けたということです。
中には135Vで生徒役がうめき声を挙げ始めたときに実験内容に疑問の声をあげた人もいましたが、結局は他の14人も、生徒役が壁を叩いて実験中止を求める300Vまで電圧をかけ続けました。
つまり、アイヒマンのような一般市民も、ナチスドイツのような権力者に指示されると「従わなければいけない」という義務感が生じ、結果として自分の意志とは無関係に残虐な命令にも従うようになります。
この権威性に従う強い義務感が生じるのは、特別な人だけでなく、私たちヒトの特性ということです。
この実験では、私たちが権威にさらされていないときにどう感じているかも調べられました。
ミルグラムたちは実験の前に、学生や教師に実験内容の手順を読んでもらい、何人ぐらいの参加者が最も強い450Vの電圧をかけるかを予測してもらいました。
その結果、回答は1~2%になりました。
他にも、39人の精神科医に同じアンケートを行ったところ、最後まで実験を伝えるのは1000人に1人(0.1%)だと答えました。
つまり、権威者という存在が現れると、通常私たちが考えていることとは異なる感情や思考が生まれることを示しています。
▼450Vのスイッチを押す割合
条件 | 割合 |
---|---|
心理学科の生徒や学生 | 1.2% |
精神科医 | 0.1% |
現実 | 65.0% |
上記の実験では対象が40名の男性でしたが、その後の実験で女性であっても同じように行動することがわかりました。
参加者たちは電圧を与えることに好意的だったわけではありません。人をいじめたり虐待する趣味嗜好があったわけでもありません。
実際、生徒たちは研究者に「もうやめさせてくれ」と懇願しました。
しかし、研究者に「あなたは続けなければいけない」とその申し出を拒まれると、作業を続けました。
そして作業を続けながらも、手を震わせ、汗をかき、首を振り、「こんなのはおかしい。間違っている」と言うような言葉を漏らし「お願いだからもうやめさせてくれ」と言い続けました。
自分の爪を身体に食い込ませたり、血が出るほど唇をかみしめたり、両手で頭を抱え込む人さえもいました。
それでも、人々はより高い電圧を加え続けました。
参加者が白衣を着た研究者という権威に従っているのが、権威者に言われているからなのか、それとも実験室という環境によるものなのかを調べるため、ミルグラムたちは次のような実験も行いました。
生徒役の苦痛を見かねて、研究者が実験の中止を言い渡したときに、罰を受けている生徒役が「まだやれる。実験を継続してくれ」とお願いするようにしました。
そうしたところ、全ての教師役の一般市民が実験を継続せず、やめることを選びました。
これは、権力者の言葉が私たちにとっていかに強力か、そしてそれ以外の人たちにはいかに力がないかを物語っています。
これまでは、白衣を着た研究者、一般の教師役、サクラの生徒役という役割分担でしたが、白衣を着た研究者の役割を、一般の参加者に担ってもらいました。
そうしたところ、その研究者役がどれだけ「実験を継続しなさい」と言っても、教師役の参加者たち命令に一切従わず、電圧を加え続けることを拒否しました。
権威となる白衣を着た研究者を用意して2人が異なる意見を言い対立するという場面を作った場合に、一般の教師役がどう反応するかを調べる実験も行われました。
一人の研究者が「実験を継続するように」と言い、もう一方の研究者が「実験を中止するように」と言います。
その結果、参加者は二人の研究者を交互に見ながら、なんとか命令を一つにまとめるようにお願いしました。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。一人は続けろと言うし、一人はやめろと言うし、いったいどっちに従えばいいんですか」と言いました。
そして、どちらの研究者がより権威があるのかを見定めようとしました。
どちらか一方をより強い権威者とみなす方法が不可能だとわかったところで、参加者は最終的に自分の本能に従って、電気ショックを与えることをやめる選択をしました。
権威の力はとても強力ですが人を完全に服従させるものではありません。
権威に従った人たちは、自分自身が抱く思いや感情と裏腹の行動をしなければいけないことも少なくなく、結果としてトラウマのようなPTSD(心的外傷後ストレス障害)になることもあります。
また、精神障害に悩まされたことを理由にして、数年~数十年後に権威者の権威性が落ちた頃に、自分に命令を強いた権威者を訴えるということもあります。
この記事の内容はアメリカの有名な心理学者 ロバート・チャルディーニの「影響力の武器」の内容の一部抜粋と要約です。
現代のマーケティングで使われている手法が心理学の面から解き明かされ、たくさんの事例を交えてわかりやすい文章で記されています。
この本の内容を細かく知っているかどうかで、現代の市場に隠されているたくさんのワナにハマりカモになるのか、それを避けて利用する側に回れるのかが大きく分かれます。
気になった方は是非手に取って読んでみることをお勧めします。