近年は地球温暖化により大規模台風や土砂災害などの影響が顕著に見られるようになっています。
地球温暖化による地球環境の悪化を背景として、ヨーロッパを中心とした世界の脱炭素の動きが加速しています。
日本も2030年に温室効果がガスを46%削減し(対2013年)、2050年にはカーボンニュートラルを実現するという目標が打ち出されています。
SDGsという言葉が流行ったり、多くの人が地球環境の保全や省エネに興味を持ち始めています。
ですが依然として地球環境保全や省エネの必要性を感じていない人たちがいることは否めません。
そうした人たちに対して私たちはどういった働きかけをすることができるのでしょうか?
法律や規制で強制的に守らせたり、非難を浴びせてそれをやるように仕向ける方法があります。ですが、それは本人の意志ではないため健全な方法とは言えません。
ここではもっと穏やかでスマートな方法で環境保全や省エネを受け入れてもらう方法を紹介しています。
アメリカ合衆国の中西部にあるアイオワ州というところで、環境保全のために家庭の天然ガスの使用量を削減するための実験が行われました。
研究者たちはアイオワの住民にガスの使用量を節約してもらうために、いくつかの方法を取りました。そこには効果が見られなかった方法と、驚くべき効果を上げた方法がありました。
1つ目に取られた方法は最も一般的な理由を説明する方法です。
アイオワで天然ガスを使っている住宅にランダムに電話をかけて、省エネの秘訣やガスを節約するべき理由を伝え、ガスを節約するように依頼します。
依頼された住人の全員が「やってみます」と言って研究者の依頼を承諾しました。
ところが、シーズンの終わりにガスの使用状況を再調査したところ、説明を受け依頼され「やります」と答えた家庭とそうでない家庭でガス使用量に大きな変化は見られませんでした。
単に理由ややり方を説明して依頼をしただけでは、もともと暮らしているライフスタイルを変えるには至らないことがわかりました。
次に取られた方法は理由や方法の説明と依頼以外に、魅力的なメリット(行動に至るに十分な理由)を提示する方法です。
前回と同じようにランダムに電話をかけた住宅の住人に次のように伝えます。
省エネに同意した家庭は公共精神に溢れ、省エネを実践している市民として新聞に名前を公表させていただきます。
これを聞いた住人は「新聞に名前が載るならやらないわけにはいけない」ということで、ガス節約の努力をしました。
1か月後にガスの使用量を調査したところ節約率は12.2%にもなりました。
実験はこれだけでは終わりません。環境保全はお金儲けのビジネスとは違うところにあるので、環境保全団体に十分な資金がないことは少なくありません。たいていはボランティアの職員たちによって運営されています。
そのような中で、誰もが飛びつくようなメリットを提示するのは難しい部分があります。
上記の研究では「公共精神溢れる住人として新聞に名前が載ります」と説明したあと、1か月後に「新聞に名前を載せることができなくなってしまいました」という旨を書いた手紙を送付しました。
つまり、最初に与えた魅力的なメリットを取り除き、何もメリットがない状態に戻しました。
その状態で3か月後にガスの使用量を調査しました。
その結果「新聞に名前が載らない」と知らせた後のガス使用量の節約率は15.5%となり、「新聞に名前が載る」と説明していた1か月間の12.2%よりも高いものになりました。
説明して「協力してください」と依頼しただけでは生活習慣を変えることはできなかったのに、最初にメリットを提示して、それ後から取り除いたときは驚くべき程の効果を発揮しました。
これはいったい何がおこったのでしょうか?
そこには人の性質の中でも強力な3つの理由が存在しています。
最初に魅力的なメリットを提示して、後からそれを取り除くという手法はローボール・テクニックという強力なマーケティング手法の一つです。
最初住人は「公共精神溢れる住人として新聞に名前が載る」という魅力的なメリットにつられて、承諾しました。
ところが実際に承諾して行動し始めるとその、その行動自体を肯定するような心理が働くため「新聞に載る」以外の行動するための理由を自ら探すようになります。
例えば「私は公共精神溢れる人間だ」「地球環境にいいことをしている」「ガス代を節約できている」「節約上手」といったものです。
1か月後にはガスを節約する理由が「新聞に載る」の他にたくさんある状態になっています。結果として、その状態で最初に提示されていたメリットを取り除かれても、他の理由がその行動を下支えする十分な理由になります。
2つ目はマインドチェンジです。ガスの節約を依頼されたときは「できるならやるけど、そんなの私には難しい」といった、ガスの節約を拒否する理由がたくさん浮かんでいます。
実際、これまでにガスの節約を実践してこなかったので自分自身に「できる」という肯定感がありません。
ところが実際に行動して節約を始めると、日を追うごとに「節約できている」という成功体験が積み重なっていきます。
新入社員が「私には無理」と言って半べそ書いていたのが、半年後には普通にできるようになっているのと同じ原理です。
結果として「ガスの節約は難しい」というマインドから「私はガスの節約ができる」というマインドへとチェンジしていきます。
3つ目は「習慣の力」です。私たちは既にしている生活様式や行動パターンを変えることは難しいことです。
というのも、それが既に習慣化されているためです。「痩せたい」「ダイエットする」と言っている人がなかなか悪い食習慣をやめられず、痩せることができないのと同じです。
習慣を変えて新しい習慣を完全に定着させるまでにかかる時間は90日間と言われています。その中でもとくにきついのが3日後と2週間後です。
3日坊主という言葉があるように、1、2日は新しい習慣ができても、3日目も続けるのは難しいものです。また、3日目は乗り越えたとしても2週間後ぐらいに、やはり難しい波が来ます。
逆に2週間継続して新しい習慣ができたとすると、その後もその習慣を継続するのは比較的楽な状態になります。
アイオワの実験では住人は1か月間(30日間)ガスの節約を続けたことになります。ここまですると、その後もその習慣を続けることは比較的容易になります。
特にガスの節約はそこまで難しいことではなく、生活費が浮くなどメリットも大きいので継続しやすい内容でもあります。
「ローボール・テクニック」「マインドチェンジ」「習慣の力」この3つの特性により、環境保全や省エネに興味の無かった人が、ガスの節約を自らの意志で率先して行うようになりました。
アイオワのこの実験結果をもとにすると、省エネや環境保全の意識がない人たちに、CO2削減を習慣化させるにはどうしたらいいか?という難しそうに見える課題の答えが見えてきます。
新たな習慣を身に付けさせる方法は次のようになります。
メリットを取り除くときはあくまで最初から渡す気がなかったことがバレないようにしなければいけません。
本気であげる予定だったものが、できなくなって申し訳ないという気持ちを伝えることが重要です。
倫理的には問題があるかもしれませんが、地球環境にとってとてもいいことは間違いありません。
この記事の内容はアメリカの有名な心理学者 ロバート・チャルディーニの「影響力の武器」の内容の一部抜粋と要約です。
現代のマーケティングで使われている手法が心理学の面から解き明かされ、たくさんの事例を交えてわかりやすい文章で記されています。
この本の内容を細かく知っているかどうかで、現代の市場に隠されているたくさんのワナにハマりカモになるのか、それを避けて利用する側に回れるのかが大きく分かれます。
気になった方は是非手に取って読んでみることをお勧めします。