少子化や高齢化により人口が減り続けている日本では、地方の過疎化が進み向こう数十年の間に消滅してしまうリスクが高い農村が増えています。
地方移住が叫ばれ、メディアでも地方移住がトレンドとして取り上げられていますが、実態は東京、神奈川、埼玉、千葉の人口が増加し、地方の県の人口が減少しています。
そんな中、福島県福島市にある土湯温泉は観光客の減少や東日本大震災、原発事故などの災害の影響もあ、16軒あった温泉旅館が5軒廃業するなど危機的な状況に陥っていました。
土湯温泉は1970年頃の高度経済成長期には大きく栄え、観光バスが難題も列になるほどの賑わいを見せていました。
その時のサービスは、料理・ごちそうがあり、温泉街を浴衣を着て歩けるという非日常を体験できることが売りでした。
しかし、高度経済成長により国民全体の生活水準が上がったことで、一般の食べ物や家電なども充実し、非日常感が薄れるとともに人気は下がっていきました。
これにより観光客は団体旅行客から個人旅行客へと変化していきました。
更にバブル経済の崩壊により個人観光客も減少となりました。
追い打ちをかけるように発生した2011年の東日本大震災で多くの建物に被害が出ました。
福島県の原子力発電所事故により放射能の風評被害もあり、温泉街には人がほとんど来なくなりました。
16軒あった温泉旅館が5軒廃業し、世帯数も20軒ほど減るなど、観光業や人口の減少が止まらない状況でした。
温泉街を復興するには震災前の元の状態に戻すだけでは観光客は戻りません。それは被害に合っていない全国の温泉観光地が多数窮地に陥ていることを見れば明白です。
そこで、土湯温泉では震災前の状態に戻すのではなく、新たに再生するために取り組んだ主要な方向性が次の3つです。
廃墟となった旅館があると景観が崩れ「人気がないのか?」という感情を引き起こし大きなイメージダウンにつながります。
このためマイナスにしかならない廃墟を町から完全に取り除く必要があります。
再生エネルギーに関しては、東日本大震災により真冬の3月11日から3日間停電が続いた経験があり、温泉街存続のためには電気を自前で作らなければいけないという強い決意があったためです。
再生エネルギーとして利用したのが温泉の元になっている温水の熱です。
具体的には地熱バイナリー発電と呼ばれています。
バイナリー発電のバイナリー(Binary)は2つのという意味です。水を温めてる地熱を使って、他の物質(媒体といいます)を温め電気を作るため、地熱バイナリー発電といいます。
発電するためのタービンを回すためには蒸気のように強い圧力を持った力が必要です。
そこで媒体にはペンタンという液体を使っています。ペンタンは36℃という低い温度で気体になる物質です。
土湯温泉の源泉の温度は130℃とかなり高く、山の湧き水で60℃まで冷やしていました。この熱すぎる熱を利用ペンタンを気体に変える力に利用することで、お湯の温度を下げ、しかも発電できるという一石二鳥の働きになります。
もう一つのポイントは温泉の熱を直接使わないため、温泉のお湯が媒体など他の物質と交じり合わないことです。
お湯の通るパイプの傍に媒体の通るパイプを設置することで間接的に媒体を温めるため、温質が変わるといった弊害がありません。
▼バイナリー発電の原理
バイナリー発電所は2015年に完成しました。最大出力は440kwで一般家庭900世帯分の電力を生み出します。
土湯温泉で必要な世帯数の4倍以上をカバーしています。
作り出した電気は固定価格買取り制度によって電力会社に売電され、その収入額は1億円にも上ります。
売電収入は建設費の返済に充てられ15年で返済する計画になっています。
土湯温泉は山間にあり高低差のある場所を水が流れています。
そこでバイナリー発電機以外にも、水の位置エネルギーを利用した小水力発電機を設置しました。
この発電機による売電収入が年間2,000万円ほどとなっています。
バイナリー発電と合わせ、地域にある豊富な資源を生かして、町全体の電力を自給できるエコシステムが形成されています。
新規設備を導入するには資金調達は必須です。バイナリー発電機や小水力発電機の建設費は7億円という大金でした。
6,500万円は経済産業省の補助金で賄うことができましたが、残りの6億3千万円ほどは自分たちで用意しなければいけない状態でした。
地元の金融機関に相談したものの相手を納得させられる担保がなく断られ続けました。
色々と融資先を探すうちに、JOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)が相談に乗ってくれるようになりました。
しかし、土湯温泉がやろうとしている小規模の発電所は過去に事例がなく交渉は1年にも及びました。
ようやくJOGMECが債務保証に合意してくれたおかげで、地元の金融機関から融資が行われるようになりました。
地域の再生エネルギーを使ったバイナリー発電所や小水力発電所といった取り組みは、日本だけでなく世界が着目しているところです。
日本ではまだ珍しいこともあり、発電所だけでも年間で2500人が見学、視察、研修に来ています。
そしてその半数が宿泊もしていくので、観光客の呼び込みにもつながっています。
バイナリー発電所と小水力発電所により生まれた利益は地域復興にも使われています。
地域の70~74歳の車を持たない高齢者にバスの無料パスを配ったり、小学校の給食費と副教材費に充てるといった取り組みがされています。
町の景観を壊す廃業となった旅館の対策としてもユニークな方法をとっています。
まず、地元で資金を集めて廃業した旅館を買い取り、福島市に寄付して「自分たちではどうにもできないから、何とかして欲しい」と対応を依頼しました。
その結果、福島市の職員を動かし国の補助金を使う形で土湯温泉の街並み再建事業が始まりました。
廃業した5軒の旅館は、国の都市再生計画整備事業の対象となり、日帰り温泉施設や観光交流センター、まちおこしセンター、素泊まり専用ホテルなどに再生されました。
素泊まり専用ホテルは2段ベットが並ぶ相部屋でスペースは狭いものの、温泉や、ロビーのキッチンが利用でき1泊3,500円というお得な価格設定になっています。
町が復興事業を手掛ける状況の中、町を出ていった若者がUターンしホテル事業を手掛ける人が出てきています。
そういった若い人たちが、地元大学の学生と連携して「若旦那図鑑」というフリーペーパーを発行し、マンガ化するなど新しい取り組みも行われています。
温泉のお湯は130℃と熱い状態でそれを山の湧き水で冷やしていました。山の湧き水は10~21℃まで温められるものの、これまではそのまま川に戻していました。
そこで、この綺麗な状態で温まった湧き水を活用して、タイなど熱帯地域に生息し、地元で高級食材として扱われている手長エビの養殖も行っています。
お湯はもう一度熱交換に使い、東南アジアの川の水温と同じ26.5℃まで温めたものを使っています。
元々ある資源を利用しているので、電気は一切使っていません。
養殖したエビは釣り堀で利用し、釣ったエビをその場で塩焼きにして食べれるサービスとして提供されています。
この記事は環境省 気候変動対策検討委員の山口豊さんが書いた「再エネ大国日本への挑戦」の内容の一部を引用&参考にしたものです。
本書は他にも再エネの細かい事例や日本で起こっている災害の状況が記されていてとても魅力的な内容となっています。
本記事に少しでも興味を持たれた方は実際に手に取ってみることをお勧めします。