コーチやコーチングという言葉を聞くと、たくさんの選択肢や解決策を与えてくれる人だと考えている人がいますが、その考えは間違っています。
その人が持っている勇気を引き出したり、可能性を広げることと、たくさんのオプションを与えて増やすことは全く異なります。
心理学用語で「選択のパラドックス」という言葉があるように、私たちは選択肢が増えれば増えるほどやる気を失ったり、不満を感じる生き物です。
決めることが難しくなり、行動や課題から目を逸らそうとします。これはコーチングによってもたらしたい結果とは真逆の行動です。
つまり、コーチングとは選択肢を増やすことではないということです。
私たちは何か新しい物事や考えを追加していくよりも、余計なものを取り除いていくことで本質に近づいていく生き物です。
余計なものを取り除いていった結果、本当にやるべきことや、そのために何をすべきかといった行動が見えてきて、それがモチベーションにつながります。
コーチングとはまさに「相手の中にある余計な物事を取り除いていく行為」です。
たくさんの機能やボタンがついた複雑なガラケーよりも、ボタンが一つもないシンプルなスマホの方が操作がスムーズで物事がスラスラと進みます。
人の性質もこれと似ていて、複雑すぎるとモヤモヤした気持ちがとれなかったり、どんな行動をとればいいのか見当がつかず、動けない状態に陥ります。
複雑に絡み合った感情や事実、思考を解きほぐして取り除いていくのがコーチングです。
なお、過去の偉人たちも取り除いていくことの重要さについて次のように語っています。
イタリアのルネサンス期の彫刻家ミケランジェロが作ったダビデ像はその完璧なまでの美しさで有名です。
ローマ教皇がミケランジェロに「あなたはどのようにしてこのような傑作をつくったのですか?」という質問を投げかけたとき、ミケランジェロは次のように答えました。
とても簡単です。ダビデでないものを、全て排除したのです。
つまり、何が理想かを追求したのではなく、余計なものを取り去っていった結果、理想に至ったということです。
星の王子さまを書いたことで有名なフランスの作家 サン・テグジュペリは次のように語っています。
追加するものがなくなったときではなく、取り除くものがなくなったときが、完璧になるということ。
コーチングをするうえで忘れてはいけないことは、ビジネスやパフォーマンスだけでなく、プライベートの出来事も非常に重要ということです。
通常コーチングはチームを率いるコーチやマネージャーが担います。そういった人たちはチームのパフォーマンスをいかに最大化させるかを考えることが仕事です。
このため人によっては、プライベートの話はさておき、それよりも仕事や成果の方にばかり気持ちが言ってしまう人がいます。
「どんな行動をするの?」「どんな成果を出すの?」「モチベーションがないの?」といった問い詰めばかりをするコーチングは最悪です。
これでは相手のパフォーマンスを引き出すどころか、心の中に抱えているモヤモヤにフタをして、更に余計なものを追加しているのと同じです。
モチベーションを引き出すどころか、相手の悩みを増加させます。
一時的には目の前のやるべきことに集中できるかもしれませんが、それは長くは続きません。無視している時間と一緒に心の中のモヤモヤも大きくなり、結果として、体調や精神を崩したり、急にチームを抜ける(退職する)といった事態に陥ります。
相手が「ちょっと、いろいろあって」や「プライベートが大変で」と言ったときは、「問題を抱えている」「言いたいことがある」「話を聞いて欲しい」「仕事に集中できない」というサインです。
チームメンバーを率いるコーチはここの発言を決して見落としてはいけません。
かといって思いっきり踏み込んで解決策を示す必要もありません。やるべきことは「どうしたの?」と言って相手の話に集中して耳を傾けることです。
そして相手の状況に合わせて柔軟に対応をすることが大切です。
「ちょっと今は時間ないから、仕事の後にじかんとって話せるかな?」「家族のことが気になっていると思うから、今日は仕事の話はやめてリスケしよう」といった提案をすることが、相手の中にある余計な物事を取り除いていく行為につながります。
相手が「ちょっと、いろいろあって」や「プライベートが大変で」と言ってきたときに話を聞けばいいという受け身の姿勢ではコーチとして不十分です。
相手が疲れていたり、しんどそうな表情を見せていたら「疲れてそうだけどどうしたの?よかったら話を聞かせてくれない?」と積極的に聞きに行くことが重要です。
このような問いかけをした後に、「じゃあ、今は仕事を進めるよりも、休みを取った方がよさそうだね。仕事は調整できそう?」といったように相手の状況に配慮をすることが重要です。
メンバーに対してこのように配慮して接することで、相手は「この人は私のことをしっかりと見て、受け入れようとしてくれている」と感じ、メンバーとの間に信頼関係を築くことができます。
相手の仕事の面だけでなく、それ以外の面を見て丸ごとの人として受け止めようとすることは非常に重要です。
だからといって、相手のプライベートにあまりに踏み込みすぎてはいけません。
趣味は何か?好きな食べ物は何か?といった当たり障りのないプライベートであれば問題はありませんが、家族の関係や子供の頃のトラウマなど、本人が喋ることに対して大きな心理的苦痛を伴う部分に深入りするのは、相手に苦痛を与え関係性を壊します。
それはコーチングではなく、カウンセリングの領域です。
また、自己開示を押し付けることもやってはいけません。
「よかったら話して」「本当?」というぐらいでこちらからは深く入り込まない配慮が非常に重要です。
もちろん、相手が「話を聞いて欲しい」という場合は別です。その場合は、注意深く耳を傾けしっかりと話を聞いてあげる必要があります。