私たちヒトは医者やノーベル賞の授賞者などの専門家、成功している有名企業の社長や大蔵省の財務官など権威のある人が言ったことに無条件で従う性質を持っています。
そうした人たちは私たちが想像できないほど優秀で、様々な挑戦をし努力をし、経験と実績を積み重ねてきた人たちです。
そういった権威者の意見に従うことは、自分自身の意見に従って行動するよりも、より合理的でメリットのある行動がとれることがほとんどでしょう。
こうした権威に従う私たちの性質はとても楽で重要なものです。
迷いや思考を必要としないので、エネルギーや時間を消費することなく次に何をするかを決めることができます。
しかし、こうした無意識のうちに権威に従う性質は便利で楽な反面、とても危険なものでもあります。
ナチス ドイツによるユダヤ人の大量虐殺や、アメリカ軍によるベトナムのソンミ村の虐殺も、権威ある者の指示に無意識に従ってしまった結果です。
現代ではここまで悲惨なものはないにしても、私たちのこの習性を利用したマーケティングや詐欺があちこちに溢れています。
例えば、クレジットカードや預金の詐欺で一番最初に発する言葉は「警察ですが」「市役所の者ですが」「税務署の者ですが」といった権威を装ったものです。
ここでは、私たちがいったい何に対して権威を感じるのかや権威を使ったマーケティング手法についてまとめています。
最初に結論からいうと、私たちが無意識のうちに従ってしまう主な権威には次の6つがあります。
これらを上手に使うだけで、相手は無意識のうちにあなたに従うようになります。
同時に、これらが無意識に人を従わせる力を持つだけに、詐欺やマーケティングでも頻繁に利用されます。
私たちが権威を感じる一つ目の要素は「肩書き」です。
一般的に「部長」「執行役員」「医師」といった肩書きを得るには長い期間の努力と実績を要します。
このため私たちの脳は肩書きを聞くと、自動的に「偉い人」「すごい人」といった感情とその人を結び付けようとします。
その人に本当に実力があるのか?そもそもその人が本物なのか?ということを調べようとしません。
詐欺師やマーケティングの一部は、相手を意のままに動かすためにウソの肩書を使います。
冒頭で紹介しましたが、クレジットカードや預金の詐欺で使われるのは「警察ですが」「税務署の者ですが」といった肩書きです。
コンサルタントや自分自身を売り込んでいる人たちは、相手に自分の権威を信じ込ませるために、聞いたことがないけどなんとなく凄そうな肩書きを使っています。
例えば「アカウントエグゼクティブ」や「エグゼクティブ・スピーチコーチ&コミュニケーション・ストラテジスト」といった横文字や、「電子商取引専任者」といった文言を誇らしそうに名前の横に記しています。
もちろん、そういった人たちがみな詐欺師や嘘つきではなく、本当にそれに見合う実力を備えた人もいます。
肩書きはそれを見せる人が意識しようがしまいが、相手に無意識のうちに権威に従わせる力を持っています。
詐欺師などのように意図的に肩書きを示して権威の力を使おうとする人もいますが、肩書をあえて隠そうとする人もいます。
ある大学の教授は旅行先に行ったときに、自分が大学教授であることを言いません。
というのも、自分が大学教授と名乗っていないときは、たまたま話しかけた人たちは気さくに話してくれるのに、「大学で教授をしています」と言ったとたんに、相手の言葉遣いが丁寧になり、文法にも注意するようになり、これまで自分から楽しそうに話していたのが、ただ「はい、そうです」とうなずくだけになってしまうからです。
その人たちとそれまでの30分間もの間楽しく話していたのに、権威を意識した結果、相手が急に変わってしまいます。
これではせっかく旅行に来たのにつまらない。ということで自分の肩書きをウソをついてもっと一般的なものにしています。
肩書きと並んで権威性を思わせるものに「資格」があります。
経歴や自己紹介の名前の横や後ろに、自分が持っている資格をズラーっと並べている人たちがいます。
そういった資格の一覧を見ると人は「この人は凄い人だ」「専門家だ」と思い込み、その人の言う事を信じやすくなります。
特に、自分が欲しかったけど挫折したり取得に失敗した資格を持っている人には頭があがりません。
もちろん、資格は履歴書に記載する欄があるぐらいですし、本当に努力して資格を取った人たちもいます。
一方で、実は取得していないのに、ウソの資格を堂々と見せびらかす人もいます。本当は3級しか持っていないのに1級と自称する人もいます。こういった人には注意が必要です。
また、医師という肩書きは医師免許という資格を持った人のことなので、肩書きと資格はイコールで結ばれることもあります。
「肩書き」や「資格」と並んで「経歴」も同じく権威の力を持ちます。
特に大学名は強力な権威性があります。「早稲田卒」「慶応卒」「東大卒」と聞いただけで、相手が大学時代に勉学に打ち込んでいたのか遊び惚けていたのかもわからないのに、私たちはそういった内情を考えずに「すごい人だ」と思い込みます。
「ハーバード大学」「ケンブリッジ大学」と言われると、その人の後ろから眩しい後光がピカピカとさしているように感じる人すらいます。
他にも「大手企業」や「メガベンチャー」、最近でいえばGoogle、Appleなどで働いている人、あるいは働いたことのある人を、その人が中で何をやりどんな人物なのかも知らないのに「すごい人だ」と無意識に考えてしまいます。
もちろん、こういった有名大学や有名企業に入るには相応の実力が必要なため、権威性にすぐに従う判断はあながちまちがっていません。
ただし、そういった経歴を利用したり、ウソの経歴をでっちあげる人もいるので注意が必要です。
身長の高さも権威に結びつくことがあります。背の低い人を「チビ」とみなしあなどる、一方、背が高く逞しい人には権威を感じる傾向があります。
ある大学で5つのクラスを対象に転校生を紹介し、その人の身長を見積もってもらうという実験を行いました。
いずれのクラスでも転校生は世界的に有名なケンブリッジ大学からきていると伝えられました。ただし、その役職を次のように変えて伝えました。
その結果、地位が一つあがるごとに、平均して身長が1.5㎝高いと見積もられました。
つまり、評価対象は一切変わらないのに、ほとんどの人が学生と教授では身長が6㎝も違うと感じたわけです。
上記の実験結果は、身長が権威の代わりになることを示しています。
このため、自分が偉く見られたり、魅力的に見られたい人は、厚底のブーツを履いたり、ハイヒールを履く傾向があります。
多くの詐欺師が厚底の靴を履いているのはこのためです。
自分を大きく見せて権威性を示そうとするのは動物も同じです。
動物同士のけんかで相手を威嚇するときに、鳥であれば大きく羽根を広げ、羽ばたきます。哺乳類は毛を逆立てます。魚はヒレを広げ、自分の身体をふくらませます。
いずれも実際には何一つ攻撃をしていません。ただ大きく見せようとしているだけです。
いかに大きく見せたかで勝敗が決まることも少なくありません。
注目すべき点は、羽根やヒレ、毛というのは体の中で最も軽く、重量感のない場所ということです。
つまり、相手に権威性を伝えるためには中身は重要ではないということです。
世の中には異性を結び付けるマッチングサービスやマッチングアプリが出回っています。
自分の情報を登録するときは、身長、体重、経歴などを記載します。ある実験結果では、男性は自分の権威性を示すために、身長を実際よりも少し高く記載することがわかっています。
なお、女性は華奢でかよわく見せるために身長を実際よりも低く記載する傾向が見られました。
人が無意識のうちに権威を感じるものの一つは「服装」です。服装はその人が何者なのかを手っ取り早く表すものでもあります。
このため、人は相手の服装によって無意識のうちに権威性を判断してしまいます。
ある病院では、働く人のポジションによって白衣の裾の長さを変えています。医学部の実習生の裾は最も短く、臨時医師、常勤医師となるごとに裾の長さが長くなっていきます。
看護師は初めて見る医師でもその人の裾が長ければ、その指示に反論することなく従います。ですが裾が短い人に対しては時に無礼だと思えるほどに、指示に反論することがあります。
社会心理学者のレオナード・ビックマンは服装による権威の力を調べるために、次のような実験を行いました。
警備員の格好をした人と、カジュアルな格好をした人が、通行人に対して、ビニール袋を拾う、バス停の標識の裏に立つといった、ちょっとした依頼をします。
結果は、カジュアルな服装で依頼をした場合に相手が従う割合は42%だったのに対し、警備員の服装をした場合は92%もの人が指示に従いました。
レオナード・ビックマンは上記の服装の違いによる人の服従率を調べる実験で、あらかじめ学生たちに何%の人が指示に従うかを予測してもらっていました。
その結果わかったことは、ほとんどの人が権威の力を甘く見すぎているとうことでした。
服装 | 予想 | 実際 |
---|---|---|
カジュアル | 50% | 42% |
警備員 | 63% | 92% |
このため、詐欺師の中には、白衣を着て医師になったり、警察の制服を着て警官になったり、警備員の服を着て警備員になりすまし、権威の力で相手を騙す手口がありふれています。
警備員の格好や医師の白衣だけでなく、仕立てのいいスーツでも権威性の力があることがわかっています。
アメリカのテキサス州で行われた実験では、ビシッとしたスーツとネクタイを着けた人が一般人に、信号を無視して道路を渡る依頼をしたときにどれぐらいの人が承諾するかを調べました。
その結果、スーツをピシッと着ている場合は、カジュアルな格好をしている時の3.5倍もの割合で依頼を承諾する確率が上がりました。
服装以外にも、カバンや時計、車といった所有物も権威の象徴になります。
サンフランシスコで行われた大衆車と高級車を使った実験では、信号が青になってもなかなか発信しなかった場合に、一般市民がどう反応するかを調べました。
その結果はあからさまに違うものになりました。
前でずっと動かない車が、そこら中で見かける大衆車だった場合、後ろの車のドライバーはすぐにクラクションを鳴らしました。
そして多くの場合、3回以上も鳴らしました。
2人のドライバーに関しては、自らの車をぶつけて「早く動け」と命令する動きさえみられました。
前でずっと動かない車が高級車の場合は、より長い時間クラクションを鳴らすのを辛抱しました。
そして、半分以上のドライバーが一切クラクションを鳴らさず、前の車が動き出すまでじっと我慢しました。
「肩書き」「資格」「経歴」「身長」「服装」「所有物」は手っ取り早く人を従わせるための最良の手段です。
このため、マーケティングでも頻繁に活用されます。
特に仕立てのいいスーツの力は多くの人が活用しています。成功している有名企業の社長はたいていの場合、いかにも高そうなスーツに身を包んでいます。
最近では、ビジネスカジュアルだけども、一見して高そうで整っているとわかる格好をしています。
私たちを騙そうとする中でもあからさまなものは、ドラマで医師の役柄を演じた人に風邪薬といった医薬品のCMをさせることです。
その俳優や女優はドラマで言われた通りに演じただけで、実際に経験や知識、資格があるわけではありません。
ところが、多くの人たちが「ドラマの中で活躍した医師が紹介する薬」=「信頼性があるいいものに違いない」と思い込み、商品が売れるようになります。
この記事の内容はアメリカの有名な心理学者 ロバート・チャルディーニの「影響力の武器」の内容の一部抜粋と要約です。
現代のマーケティングで使われている手法が心理学の面から解き明かされ、たくさんの事例を交えてわかりやすい文章で記されています。
この本の内容を細かく知っているかどうかで、現代の市場に隠されているたくさんのワナにハマりカモになるのか、それを避けて利用する側に回れるのかが大きく分かれます。
気になった方は是非手に取って読んでみることをお勧めします。