私たちヒトには残り少ないモノやごく僅かしかないモノの価値を実際以上に見積もってしまう心理があります。
良い悪いや理性が弱いから回避できないということではなく、人とはそういうものなのです。
この数が少ないモノの価値が極端に上がってしまう心理を希少性の原理(あるいは希少性の法則)といいます。
希少性の原理はとても強力なためマーケティングでも多用されています。
ここでは、希少性の原理を使ったマーケティング手法を紹介しています。
希少性として使われる主なマーケティング手法に「数量限定」と「時間制限」があります。
数量限定とは次のようなものです。
人はこういった類の言葉を聞くと、急激にそれが欲しくなる感情が芽生えます。
本当に残り僅かだったり、数が限られていることもありますが、強力な数量限定の力を利用するために、わざと数量が限られているように見せるマーケティングも少なくありません。
例えば、ある家具屋さんで意図的に特売の目玉商品(〇%オフのセール品)をたくさんつくります。
すると、人々がそれがどんなものか見ようとやってきます。
あるお客さんが一つの家具の前で立ち止まり、その商品をあれこれと見たりパンフレットを見るなど、明らかに興味を持っているのを見つけると、店員が静かに近づいてきて次のように言います。
この商品を気に入っていただけたようですね。確かにとてもいい商品です。価格も申し分ありません。
ただ、ほんの20分ほど前に別のお客様が購入されてしまい、確かそれが最後の一つだったと思います。
こう伝えると、お客さんは確実に残念な表情をします。更に興味深いことに、手に入らないことが明らかになったことで、お客さんの中でその家具の価値がこれまで以上に上がります。
店員はお客さんの残念そうな顔を見届けながらジッと待ちます。すると希少性の原理によりどうしても欲しくなってしまったお客さんは次のように言ってきます。
「倉庫の中、あるいは別の店舗などどこかにもう1個残っていませんか?」
この言葉を聞いたら店員は次のように申し出ます。
そうですね。もしかするとあるかもしれません。調べてまいります。
確認ですが、お客様がご希望されているのはこの家具で、もし在庫がありましたら、このお値段でご購入いただけるということでよろしいでしょうか?
お客さんはもちろん「はい、それでいいです」と言います。
そして店員は倉庫へと向かっていきます。倉庫にはその在庫が残り1個どころかたんまり残っています。
少しばかり倉庫の中で時間を過ごしたあと頃合いを見計らってお客様の元に戻り、喜びの笑顔で次のように告げます。
お客様、倉庫を調べたところ最後の1個の在庫が見つかりました!お客様は大変ツイています。
お客さんは「本当ですか!?やったー」と喜んで商品を買って行きます。
裏を知ってしまうと騙された感がしますが、商品自体は適正な価格で、お客さんも気に入って、かつ購入後もただたくさんある在庫からかうよりも、喜びを得ることができるので、ある意味お客さんを喜ばせるための演出ともいえます。
「数量限定」以外にも「時間制限」によっても希少性の原理を活用することができます。
時間制限とは次のようなものです。
時間制限の力がいかに強力かは、スーパーで「30分限定」といって安い商品がのったカートが出てきたときに、そこに群がる主婦たちを想像すると容易に理解することができます。
「ほんとうにそれが必要か」という正常なときに働く思考が取り払われ「30分以内にできるだけ早く手に入れなければいけない」という感情に支配されています。
あるテーマパークではアトラクションに乗る前や乗っている時にスタッフや機会が写真を撮影します。撮影代は無料で写真を買うことを強制もしません。
ただし、撮影した写真をただ飾っておくだけでは購入してもらえる確率は下がります。そこで次のような但し書きを書き加えました。
保管場所が限られているため、本日中にお写真をお買い求めいただけない場合は、これらの写真は処分となります。
この一言を付け加えるだけで「今しか手に入らない」ことを意識させ、写真の価値を高め欲しいと思わせることができます。
結婚式の相場は300万円以上というかなり高額なものです。一組決めるだけで売り上げが大きく変わります。
東京などの都心部では結婚式場は至る所にあるため、自分たちのところに来てもらうには、今ここで決めてもらうことが大切です。
ある結婚式場の敏腕営業マネージャーは高額な結婚式をその場で決めさせるプロです。その人は次のような手を使います。
ある一組のカップルが結婚式の下見に訪れました。素敵に飾られた結婚式場やおいしそうな料理を試食したあと、仕切られた区画で結婚式の費用についての話が始まります。
営業マネージャーは最初に割引を何もしていない場合の見積書を提示してきます。ペアは右下に表示された合計金額に目をやり「これは高すぎて無理だ」と内心感じ「ちょっと私たちには高すぎます。。」と伝えます。
営業マネージャーは「わかりました。せっかくお越しいただいたので値引きできるように調整してまいります」と言って、裏に行き新しい見積書をプリントアウトしてきます。
ペアが見積書を見るとそこにはこれまでよりも50万円ほど値引きされた金額が記載されています。
とても魅力的になりましたが、それでも二人の予算からするとオーバーしていることは否めません。
「お安くしていただいてありがたいのですが、ちょっと難しいです」とお伝えし席を立とうとすると、営業マネージャーは「わかりました。せっかくお越しいただいたので値引きできるように調整してまいります」と言って、裏に行き新しい見積書をプリントアウトしてきます。
そして、更に30万円ほど魅かれた見積書を提示します。そして熱心に「こことここを当店からお二人へのサービスとしてプレゼントさせていただきます」と伝えます。
ペアはかなり悩み始めます。「まだ他の式場を見てないので、、」と伝えると、営業マネージャーは次のように告げます。
この価格はお二人限定で非常にお安くしているので、この価格をご提示できるのはこの場限りです。次回ご来店いただいてもここまでのお安い価格はご提供できません。
他に出回っては困るので、お見積書は回収させていただきます。
この一言で、ペアの中に希少性の原理が発動します。「今だけの特別価格」という言葉に反応して、この見積書の価値がこれまで以上にいいものに見えてきます。
結果として、多くの人たちがその場で購入を決意します。
希少性の力を調査するためにある大学で牛肉輸入会社で、電話での注文を得るときに次のような3パターンの伝え方で受注の状況がどう変化するかを調べました。
結果は、通常の売り込みに比べて、数量の限定の情報を付け加えたパターン2が2倍の売上、さらにニュース自体も独占的だと伝えた場合は6倍の売上になりました。
内容 | 売上 |
---|---|
通常の売り込み | 基準 |
通常の売り込み + 数量の希少性 | 2倍 |
通常の売り込み + 輸入量の希少性 + 情報の希少性 | 6倍 |
なおこういった情報をでっちあげて伝えたらそれは詐欺に近い嘘つきになりますが、この実験では実際にそういった状況が発生していたため、伝え方を変えて状況を調査したという背景があります。
1970年代に発生したオイルショックのときに市場からトイレットペーパーが消えたり、2000年にコロナが発生したときにスーパーから食品が消えたのも、私たち人間の習性からすると当然ということになります。
この記事の内容はアメリカの有名な心理学者 ロバート・チャルディーニの「影響力の武器」の内容の一部抜粋と要約です。
現代のマーケティングで使われている手法が心理学の面から解き明かされ、たくさんの事例を交えてわかりやすい文章で記されています。
この本の内容を細かく知っているかどうかで、現代の市場に隠されているたくさんのワナにハマりカモになるのか、それを避けて利用する側に回れるのかが大きく分かれます。
気になった方は是非手に取って読んでみることをお勧めします。