私たち人間には意志では抗うことができない強力な本能があります。そのうちの一つに「返報性の法則」があります。
「何かをもらったら、お返ししなければいけない」という義務感のことです。
この返報性の法則を上手に使うと、相手からより多くのものを引き出すことが可能になります。
実際、返報性の法則はマーケティングの至る所で使われていて、私たちの日常のあちこちで見ることができます。
ここでは返報性の法則の活用例とその効果についてまとめています。
アメリカにはインドに本拠地をおくハレー・クリシュナ協会という宗教団体があります。
その協会は人が持つ返報性の法則を上手につかって莫大な寄付金を集め、多数の寺院をつくり、国内外に321か所もの協会支部を持つまでに至りました。
その方法とは、道を通り過ぎる人に花を渡すというシンプルなものです。これをかなり強引に渡します。
「あなたへのプレゼントです」と言って手に押し付けたり、上着にピン止めしたりします。「いらない」と言われても「いいえ、これは私たちのプレゼントですから」と言って渡します。
そして返されることを拒否します。
相手は仕方なく受け取ります。これで返報性の法則の発動条件が整います。
この結果「いくらか寄付をしてくれませんか?」と言われると多くの人たちが「受け取ったからには返さなければいけない」という義務感を感じて寄付をします。
ここではもう一つ知っておくべきことがあります。それは、ハレー・クリシュナ協会は花を無理やりプレゼントする方法で寄付金を集めた後、現在ではかなり衰退しているという事実です。
というのも、強制的にプレゼントを渡し寄付を要求することがみんなの知るところとなり、多くの人がハレー・クリシュナ協会の人たちを意図的に避けるようになりました。
結果として深刻な財政難に陥り、200以上の協会支部を閉鎖し、会員数は5000人から1000人以下にまで減ってしまいました。
返報性の法則を上手に使うにはもっとささやかな手段をとる必要があります。相手が貰って困らないものを渡すことが重要です。
返報性の法則をより上手につかったアンケートの回収方法があります。
ある研究で、調査用紙を郵送するときに、1ドル硬化や5ドルの小切手を同封すると回収率が格段に上がるというものです。
この調査では、1ドル硬化や5ドルの小切手をあらかじめ渡す以外の方法として、アンケートに答えてくれたら50ドル(5000円相当)を支払うとした場合の回収率も検証しています。
結果として、後から50ドル渡すよりも、先に1~5ドル渡した方が回収率が2倍以上になることがわかりました。
なお郵便を使って寄付を募る方法もあります。
ある研究で、何も同封せずに寄付を募った場合、寄付に応じてくれた人の割合は18%でした。
ところが、住所ラベルのようなちょっとしたグッズを同梱すると、寄付に応じてくれた人の割合は35%まで跳ね上がりました。
住所ラベルは特に要らないものです。それでも受け取った人は「何かおかえししなければ」という義務を感じるということです。
日本社会ではありませんが、アメリカにはレストランなどでアルバイトのウエイトレスに対してチップを払う習慣があります。
伝票を渡すときにキャンディーやミント添えて渡すだけでチップの額が上がることがわかっています。
重要なポイントは支払いが終わってから渡すのではなく、支払う直前に渡すということです。
なぜなら、返報性の法則には時間経過とともに返さなければという義務感が薄らぐ特徴があるからです。
マルチ商法で有名なアムウェイは返報性の法則を上手に利用して稼ぎをあげています。
アムウェイの商品をたくさん詰め込んだBUG(バッグ)を見込み客に無料で渡して使ってもらうという作戦があります。
BUGを渡すときのマニュアルには次のように書かれています。
相手には何の義務も課さず、「無料で、1日、あるいは2日から3日置かせてもらって、製品を試しに使っていただきたいのです」とだけ伝えてください。そういえば誰も断りません。
ポイントは次の3つです。
そして、約束の期日がきたら販売員が相手の家に伺って注文を聞きます。
試供品にちょっとでも手を出した人は「使ったのだから何か買わなければいけない」という返報性の義務に駆られています。
手を出さなくても、無料でおいていってもらったという時点で何か返さなければと思っているかもしれません。
結果として、商品を買うようになるわけです。
更に、その短期間で全ての商品を使い切ることはできないため、販売員はBUGを別の家に持って行って同じ手順を繰り返します。
これで、返報性の法則を使ったシステムが上手にクルクルと回り続けお金を稼ぎだします。
返報性の法則の重要なところは「相手のことを好きかどうかは関係ない」ということです。
相手に好感を抱いていなかったとしても「受け取ったら返す」という義務感が強制的に発生します。
心理学者のデニス・リーガンは人が持つ返報性の法則の力を調査するために次のような実験を行いました。
美術鑑賞会に参加した学生に対して、同じく参加を装った助手が1枚250円の新車が当たる可能性があるクジを買うように依頼します。
「1枚250円*のチケットを買って欲しい。何枚でもいいんだ。もちろん多いに越したことはないけど」(*コーラ1本100円として換算)
その際次の2パターンを用意します。
A: チケットを買うように依頼する。
B: 休憩時間に「君の分も買ってきたよ」と言ってコーラを渡しておく。
結果は先にコーラを渡しておいた場合は圧倒的に多く約2倍のチケットを買う結果になりました。中には7枚(1750円)分も買った人もいました。
この実験結果の特筆すべき点は、同じ条件下であれば助手に好感を持っている人の方がチケットを多く買いましたが、コーラを受け取った人はその助手に好感を抱いていないにも関わらずより多くのチケットを買ったということです。
つまり、なんだかんだいっても人にとってプレゼントは相当に強力な力を持っているということです。
返報性の法則はより小さな施しでより大きなものを貰えることを表しています。
そして、最初に何を与えるかを選べるのは「何かを渡すと決めて渡した人」です。つまり完全に渡した人勝ちということです。
更に、渡した人勝ちにさせる点がもう一つあります。それは返報性の法則には「受け取る義務」が発生するということです。
「コーラをいりますか?」という施しを受けた人は無下に断れないものです。そこには「良い人だとみられたい」「冷たい人間だと思われたくない」「きちんと受け取るのが義務」といった感情が働くからです。
世の中は人に何かをプレゼントすると損するどころか、むしろ先に与えた人の方が確実に得をするシステムになっているということです。
返報性の法則は私たちの中で意識するしないに関わらず自然発生してしまうものです。
あまりに強烈に作動してしまうため、一度発生してしまうとお返しをするまでは、その念に取りつかれてしまいます。
この強力な返報性の法則を回避する方法「拒否する」ことです。
1978年にジム・ジョーンズという教祖が開いた新興カルト集団 人民寺院(Peoples Temple)で918人を巻き込んだ集団自殺が発生しました。
しかしある一人の女性は毒を飲むことを拒みなんとか逃げて生き延びることができました。
とういのもその女性は、以前困っていた時に教祖のジム・ジョーンズが食事を与えようとしたとき、それを断っていました。
その女性は次のように語っています。
一度でも恩恵を受けたら、言う事を聞かなければいけなくなることが分かっていました。だから、借りを作りたくなかったんです。
施しや賄賂を受け取ることの危険性について旧約聖書に次のような記述があります。
あなたは賄賂を受け取ってはならない。賄賂は目の空いている者の目を見え失くし、正しい人の言い訳をゆがめるからである。
出エジプト記23章8節
旧約聖書は約2000年前に書かれたものです。2000年も前の時代から私たちヒトには返報性の法則があり、それが強力に作用していたことがわかります。
この記事の内容はアメリカの有名な心理学者 ロバート・チャルディーニの「影響力の武器」の内容の一部抜粋と要約です。
現代のマーケティングで使われている手法が心理学の面から解き明かされ、たくさんの事例を交えてわかりやすい文章で記されています。
この本の内容を細かく知っているかどうかで、現代の市場に隠されているたくさんのワナにハマりカモになるのか、それを避けて利用する側に回れるのかが大きく分かれます。
気になった方は是非手に取って読んでみることをお勧めします。