世の中には商品を販売して回っている人たちがたくさんいます。日本には営業職の数は約880万人いるといわれています。
営業マンにはノルマが課せられ、歩合制で給料が支払われることも少なくありません。
多く売れば売るほど収入が上がり周りから称賛されます。一方、商談を成立できず売り上げが立たないと、給料は下がり、仕事ができないヤツというレッテルを貼られることになります。
そんな営業マンにとってなんとしてでも契約にこぎつけ商品を売りたいものです。
そんな方々に願ってもいない朗報があります。それは「断らせてから譲歩する」という方法です。
この手法を使うと商品が売れる確率が跳ね上がる上に、相手からも嫌われないという素晴らしい特性があります。
ここでは「断らせてから譲歩」(英語ではドア・イン・ザ・フェイスといいます)について解説しています。
私たち人はみなそれぞれ個性的で違う部分も持っていますが、人として共通している部分も多くもっています。
人はみな頭があり、目が2つ、鼻、口がついています。両手両足があります。共通しているのは身体的特徴のみではありません。一部の心理的特徴にも人であれば誰しもが無意識にもってしまうものがあります。
「断らせてから譲歩する」というマーケティング手法の中で働く心理は大きく次の3つです。
特に、相手の譲歩には譲歩で答えなければいけないという心理は強力で義務感として働きます。この自然発生的に生じる心理を「返報性の法則」といいます。
また、最初に提示された価格などの内容よりも、後から譲歩して出されたものは、それ単体で提示されるよりも、より安く魅力的に感じます。
これは人が無意識に対比を行ってしまう生き物だからです。この心理を「コントラストの原理」といいます。
仮にあなたはミュージカルに一切興味がないとします。インドア派でどちらかというと講演会の類は時間を失うので好きではありません。
ある日街を歩いていると19歳の素朴な女子学生が「ミュージカルのチケットを買ってくれませんか5000円です」と声をかけてきました。
あなたは「高いな」と思いつつ、興味がないので当然「いや、いりません」と言って断ります。
すると女子学生は少し残念そうな顔をした後に「では私たちがプロデュースしているチョコレートを200円で買ってくれませんか?」と言って、2~3個の小さなチョコレートが入った小さな袋を見せてきました。
あなたは「それぐらいならいいか」と思ってチョコレートを買いました。
この女子学生とのやり取りの中で起こった主な出来事は次の2つです。
この2つの条件により、あなたの中で自動的に「それぐらいならいいか」という心理が生まれ購入に至っています。
ただ冷静に考えれば、今特段チョコレートが食べたかったのか?と言われればそうではありません。もともとチョコレートを買う気はありませんでした。
チョコレートを買うために街を歩いていたわけではありません。
小さな2~3個のチョコレートの価格は、お店で買えば100円もしません。相場的にはかなり高いです。
つまり、「断らせて譲歩」には次の2つの力があることがわかります。
相手が欲しいと思っていないモノを買うようになり、しかも、相場よりも高い価格で買ってくれるなんて相当にすごいマーケティング手法ではないでしょうか?
アメリカのある大学で「断らせて譲歩」を使うことがどのぐらい人の意思決定に影響を与えるか調べた研究が行われました。
実験の内容は簡単なもので、研究者が青少年カウンセリング協会の担当者を装います。そして次のように2パターンのお願いをしました。
▼パターン1
非行少年のグループを動物園に連れていく付き添いを頼む。
▼パターン2
2年間にわたって毎週2時間非行少年のカウンセラーをお願いした後に、非行少年のグループを動物園に連れていく付き添いを頼む。
パターン2では「断らせて譲歩」がどれだけ影響力を及ぼすかを調べています。
両方とも最終的な目的は「非行少年のグループを動物園に連れていく付き添いを頼む」むことです。やんちゃで言う事を聞かない見ず知らずの子たちを動物園に連れていくのは苦行でしかありません。時間とエネルギーを失う上に危険性もあります。
通常はほとんどの学生が断ることが予想されます。
結果は次のようになりました。
依頼 | 承諾率 |
---|---|
本当の依頼のみ | 17% |
断らせて譲歩 | 50% |
なんと「断らせて譲歩」のテクニックを使っただけで、承諾率が3倍以上になりました。
なお、「2年間にわたって毎週2時間非行少年のカウンセラーをお願いする」という大きく嫌で重たい依頼は全ての学生が断りました。
「断らせて譲歩」の力はあまりに強力なためマーケティングで広く活用されています。
「断らせて譲歩」の力を最大限に使おうと思ったら、最初に売りたいもの伝えてはいけません。それよりも高級なプランを勧める必要があります。
例えば、30万円のノートパソコンを売りたいとすれば、まずは100万円の超高性能パソコンから始めます。
販売員「全てのオプションが着き、あらゆるソフトが入ったノートパソコンを100万円で提供できますがいかがでしょうか?」
お客「100万円!?高すぎる。無理です」
販売員「なるほど承知しました。でしたらこちらの50万円のパソコンはいかがでしょうか?オプションやソフトの数を減らしています」
お客「うーん、それでも高いな、、」
販売員「でしたらこの30万円のノートパソコンはいかがでしょうか?機能を必要最低限にしているので初心者の方でもとても使いやすくなっています。100万円のパソコンと同じチップと使っているので速度も早くとても快適です」
お客「それは魅力的だ。それをください」
お客さんは100万円と30万円を比較して明らかに安いと感じています。ですが、ノートパソコンの相場は2~3万円からなので、相当に高額なパソコンを購入したことになります。
また、販売員としては3番目に提示した30万円のノートパソコンを買ってもらえれば目的達成ですし、仮に100万円や50万円のノートパソコンを買ってもらえれば儲けものです。
どちらに転んでもにうまくいくシナリオに仕上がっています。
何かの商品を売り込んだときに、相手が欲しいと思っていなかったり、疑り深い人であれば買ってくれないことは少なくありません。むしろ売れないことの方が多いです。
売れなかったときにタダで終わらせないのが「知人を紹介してもらう」テクニックです。
「知人に紹介された」という体で商談を行うと、相手が購入してくれる確率が大きく上がることがわかっています。
それは「知人の知り合いなら信頼できる」「ここで断ったら知人に悪い」といった心理が働くからです。このため、その商品を買ってくれそうな知人を紹介してもらうことは営業としてものすごく大切なことになります。
かといって「どなたか買ってくれる人を紹介してください」と言ってもプライバシーを守って紹介してくれない人がほとんどです。
ですが「断らせて譲歩」の力を上手に利用すると、商品を購入を断った相手に、譲歩としてより小さなお願いである「知人を紹介してもらう」ことが驚くべき発揮します。
具体的には次のように言うといいでしょう。
今回この素晴らしい商品を購入するお気持ちになられないようでしたら、私たちが提供するこの商品をご利用していただけそうな方をどなたかご紹介いただけないでしょうか?
「相手が断った」という事実を受け入れて、譲歩しより小さなお願いをしています。
こうすると相手は「私も断って、しかも譲歩してもらったのだから、何か提供しなきゃ申し訳ない」という気持ちになります。
「断らせて譲歩」のテクニックには一つ注意点があります。それは最初におとりとして提示する商品やサービス「があまりに高すぎてはいけない」ということです。
イスラエルのバル・イラン大学で行われた研究で、最初に法外な要求をしすぎると「誠実でない」や「怪しい」といった評価がされてしまい、どれだけ譲歩されようともまともに取り合われないことがわかっています。
これを防ぐには、妥当性のある値段にする以外にも、最初に自分の立場や権威性をしっかりと伝えておく(信頼関係をつくっておく)方法があります。
この記事の内容はアメリカの有名な心理学者 ロバート・チャルディーニの「影響力の武器」の内容の一部抜粋と要約です。
現代のマーケティングで使われている手法が心理学の面から解き明かされ、たくさんの事例を交えてわかりやすい文章で記されています。
この本の内容を細かく知っているかどうかで、現代の市場に隠されているたくさんのワナにハマりカモになるのか、それを避けて利用する側に回れるのかが大きく分かれます。
気になった方は是非手に取って読んでみることをお勧めします。