何かのサービスを提供したり何かを売ったときに「お金を払ってもらって申し訳ありません」という気持ちで接客や営業をしている人がいます。
相手に配慮しているので悪いことではなさそうですが、売上や成績を上げるためには完全に逆効果です。
なぜなら、お金を払った相手が損した気持ちになってしまうからです。
ここでは何かを売ってお金を得るときに、なぜ「お金を払ってもらって申し訳ない」という気持ちが裏目にでるのかについて解説しています。
アメリカの著名な行動経済学者 ダン・アリエリーの実験で、相手が進んでお金を払うかどうかを決めるときに前提条件がとても大切であることが分かっています。
ダン・アリエリーはある授業でウォルト・ホイットマンとう詩人の詩を朗読しました。
学生をAとBの2つのグループに分け次のような質問をしました。
グループA「10分間の朗読に1000円払う意思があるか?」
グループB「1000円貰うなら、10分間朗読を聞いてもいいか?」
つまり前提条件として「お金を払うべきもの」と「お金をもらってやるもの」を植え付けたということです。
そして、各学生に「短い詩、中ぐらいの詩、長い詩のそれぞれににどれぐらいのお金を払うか」を尋ねました。
その結果、「お金を払うべきもの」という前提条件を植え付けらた学生の回答の平均は次のようになりました。
詩の長さ | 入札金額 |
---|---|
短い | 100円払う |
中くらい | 200円払う |
長い | 300円払う |
一方、「お金をもらってやるもの」 という前提条件を植え付けらた学生の回答の平均は次のようになりました。
詩の長さ | 入札金額 |
---|---|
短い | 130円もらう |
中くらい | 170円もらう |
長い | 480円もらう |
両者は全く同じ詩を聞いて、全く同じ選択肢を与えられたにもかかわらず、「お金を払うべきだ」と伝えられた学生は詩を朗読してもらえるなら100~300円払うと申し出ました。
「お金をもらうものだ」と伝えられた学生は130~480円貰えるなら詩を聞いてあげてもいいと答えたということです。
モノやサービスを売る側が「お金を払ってもらって申し訳ない」という態度は、提供している側が、与えるものと貰おうとしているお金が釣り合わないと言っているようなものです。
このため、相手は「そこまでのお金を払う価値はないものだ」と感じるようになります。
つまり、せっかく購入してくれたお客さんを損した気持ちにさせる悪い言葉ということです。
何かを与える対価としてお金を払ってもらいたいのであれば「これぐらいのお金はもらって当然です」という堂々とした態度で臨むべきです。
そうすれば相手も「このぐらいの金額を払って当然」と思うようになります。
上記の例のように、こちらが伝えた内容が、相手の前提条件になることを心理学用語で「アンカリング」といいます。
アンカリングはビジネスの至る所で使われています。
商談を始める時に最初に「この商品の相場は100万円です」と伝えれば、相手は100万円でアンカリングされます。
そして、値切り交渉は100万円から始まります。
アメリカを代表する偉大な作家マーク・トウェインの小説に「トムソーヤの冒険」があります。
その中で、トムは上手にアンカリングをすることで、相手の気持ちがマイナスからプラスに変えています。
トムはおばさんに塀のペンキ塗りの仕事を言いつけられました。大変な仕事でやりたくありません。そこでトムがどうしたかというと、いかにも楽しそうにペンキを塗って、この仕事がおもしろくてたまらない振りをしました。
そして「ペンキ塗りなんて雑用させられて大変だな」と言ってきた友達に次のようにいいました。
「これが雑用だって?塀を塗るなんて。おれたち子供が毎日やらせてもらえることじゃないだろう?」
するとそれを聞いた友達の頭は「ペンキ塗り」=「雑用」ではなく、「ペンキ塗り」=「子供がなかなかやらせてもらえない特別な事」というアンカリングをしました。
まもなく、友達はペンキ塗りをさせてもらうためにトムにお金を払うようになりました。
しかも、友達はイヤイヤではなく楽しそうにペンキ塗りをしました。
営業などのビジネスマンがやるべきことはただモノを売るだけではありません。それを買う人たちを上手にアンカリングすることこそが最も重要な仕事です。
「そんなのいるの?」「お金を貰えるならやってもいいよ」と言っている人を、「お金をはらってでもぜひ欲しい・ぜひやりたい」という思考にできるかが営業のスキルの差になります。
このため、「お金を払ってもらって申し訳ない」はモノやサービスを売る人がやってはいけない態度です。それはお金を払った人に対して失礼です。
そうではなく、その商品の価値を伝えて「あなたは本当にいい買い物をしましたね!こんな安い値段でこんなに質の高いモノを手に入るなんて」と堂々と伝えることが、買った人の満足感や幸福感をより高めることにつながります。
この記事の内容はアメリカの著名な行動経済学者 ダン・アリエリーの「予想通りに不合理」の内容の一部抜粋と要約です。
人が犯しがちな判断ミスを行動経済学という観点から紐解いたものです。ユーモアを交えた文体でとても読みやすく新たな発見がたくさん詰め込まれています。
この本を読んだことがあるかどうかで今後の人生の行動が変わってしまうほどのパワーを持ちます。
気になった方は是非手に取って読んでみることをお勧めします。